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精神を病む妹と、その家族ー4ー

 妹の家は、私が暮らす実家から電車で約30分。近いといえば近いのだが、会わなくなればそのまま一生会うことなく過ごせてしまう距離だ。実のところ、この日が妹の家を訪ねた最初だった。
 駅からスマホの地図を見ながら、曲がりくねった細い路地を進む。取り壊された古い住宅1軒のあとにはおそらく、今どきのコンパクトな住宅2,3軒が収まっていそうだ。隙間なくびっしりとマッチ箱のような住居が立ち並ぶ光景に息が詰まりそうになる。
 もうこの辺りのはずなのに、なかなか家にたどり着けない。葉っぱにぎっしりと虫の卵が産みつけられているさまが頭の中に浮かび、私はそれを振り払うように頭を強く振った。とうとう私も病みだしたか。
 なんだか、妹の姿を見るのが怖くてなってきた。このまま会わずに引き返すほうがいいのかもと思い始めたとき、見覚えのある2台の車が縦に並ぶのが目に入った。
 着いてしまった。それにしても、こんなとめ方をしていたら、自由に出かけられないじゃないの。気の毒に思いながら、インターホンを押す。
 応答なしに、すぐにドアが開いた。ピンク色の、暖かそうなフリースのロングガウンを身にまとった妹が出てきた。
「お姉ちゃん、ごめんねー」
 電話で聞いたのと同じ弱々しい声だが、見た目は以前会ったときとそう変わりなく、少しほっとした。
「かわいい! 似合ってるじゃん、そのガウン」
 安堵したせいか、私の声は少し甲高くなった。私と違って、妹はフェミニンで鮮やかな色の服を好む。40代でピンクを着ていることを決してけなしたわけではないが、そう聞こえたのか、妹は薄笑いを浮かべて私を家に招き入れた。
 小ぢんまりしたリビングは、調子が悪いという割によく片付いていた。
「お久しぶりです。休みの日にわざわざすみません」
 テーブルに座っていた妹の夫が立ち上がり、私をソファに座るよう促した。2人がけの、布製のソファに腰掛けると、妹は私の足元そばに正座して、何度も申し訳なさそうに頭を下げた。
「いつから調子悪いの?」
 私の問いに、妹は猫が伸びをするようにじゅうたんに顔を埋め、数秒そうしていたかと思うと、急にパタッと横転した。
「最初にAを辞めたときからかなー」
 驚く私の目を見据え、酸素が足りない魚のように口をパクパクさせ苦しげに言う。
「いつもこうなんですよ」
 声が出ない私に、夫は見慣れているのか、落ち着いた話ぶりだ。
「よく普通でいられますね! これって入院するレベルなんじゃないんですか!!」
 冷静すぎるその態度に怒りがこみあげてきて、私は立ち上がり、彼に向かって叫んだ。

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