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精神を病む妹と、その家族ー7ー

 妹からあのLINEを受け取って以来、私の頭の中の大部分は妹のことで占められていた。常に妹が無事かを案じ、何を食べても味はせず、本を読んでも内容はつかめず、しかも、眠りは浅い。
 自分も妹と同じ暗い沼に引きずり込まれようとしているのか。なんとか足をバタつかせ、湖面から顔を上げ続けなければと思っているが、力尽きていつ沈むかわからない。
 妹について、あれこれ良からぬことばかり考えてしまう。一番の恐怖は妹が突発的に死を選ぶことだが、そばにいる子どもたちのことも気がかりだ。じゅうたんの毛を必死にほじくり返す母親の姿を目にして、不安に思わない子どもはいないだろう。そんな母親と一緒にいる時間が長くなればなるほど、子どもたちの心の傷は深くなるのではないか。

「子どもたちにも会ってやって」
 妹にそう言われて、大人たちの対話を終えた後、2階の子ども部屋に向かった。
「入ってもいい?」
 言われなくても会いにいくつもりだった。彼らがきちんと食事や睡眠を取っていることを確認し、母親の状態を説明しなければならない。ノックしながら中の娘に問うと、「いいよ〜」という能天気な返事。私の緊張は一気にほぐれ、勢いよくドアを開けると、娘は机に向かっていた。
「日曜の昼間に勉強してるなんて、えらいじゃん」
「宿題だから、やらないとしょうがない」
 私が褒めると、娘はいたずらっぽく笑いながら言った。中学生の娘は明るくおしゃべりで、生徒会・部活動も熱心に行う活発な性格だ。
「お母さん、最近調子悪いでしょ?」
 妹の話になると、少し表情が曇った。
「家のこと、仕事のことで疲れ果てて、心の病気にかかったみたいなのよ。だけど、お薬飲んだら治るから」
 妹の病状を説明する私に、娘は不安げな眼差しを向けて言った。
「薬、飲んだら治るの?」
「治る、治るよ、絶対に。大丈夫、安心して」
 明るく振る舞っているが、やはり今の母親の状態は不安なのだろう。私は娘の肩に手を置いて励ますように言ったが、無言で笑顔も見せなかった。
「お兄ちゃんの部屋、どこかな?」
 明るい娘がこうなのだから、おとなしくて人見知りな息子の落ち込みはいかばかりか。ひとりで息子の部屋に行く勇気が出ず、娘に先導を頼んだ。ノックをしても応答しない息子に、娘は「お兄ちゃん、開けるよ!」と大声で言い放ち、乱暴にドアを開けた。
「あっ、勉強してるなんて珍しい!」
 机に向かっている兄を見て、娘は感嘆の声を上げたが、息子は無反応だった。
「この家の子どもたちはまじめだなー。あなたも宿題?」
 そう尋ねると、息子は無言でうなずいた。ノートを見ると、びっしりと漢詩が書かれている。息子が小学生の頃、文字を書くのが苦手なようだと妹がこぼしていたが、高校生になった今、そんな心配は無用と見た。
「お母さんがさ、あまりご飯とか作れないでしょ? ちゃんと食べてる?」
 私の問いに、息子はこくりとうなずく。
「よく眠れてる?」
 今度は少し大きく首を縦に振るものの、また無言だ。
「ちょっとー、少しはしゃべんなさいよー。昨日の夜、何食べた?」
 いらついて尋ねる私に、息子は消え入りそうな声で「魚」とだけ答えた。
「よーし。お母さん、今病気だからさ、あまり心配かけないように。そして、できるだけ家のことを手伝ってあげてね」
 どうせまたうなずくだけだろうと、息子の反応も見ずに言いっ放しで部屋をあとにした。だが、文字が書けないことより話さないことのほうが問題なのではと考えていたとき、背後から機械音のような男の声が聞こえた。
「足元に気をつけてください! 足元に気をつけてください!」
 階段を下りようとしていた私は、突然のめまいに襲われ、両手で手すりにしがみついた。

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