ブラックカードの衝撃
2006年。僕は25歳になった。
早いもので、僕が池袋の会社に入社してから、2年が経った。
その頃、いつもはオフィスに顔を出さない社長が頻繁に顔を出し、真剣な顔で上司らと打ち合わせをしていた。何をしてるのかと思ったら、なんと水面下で会社の買収話が進んでいたのだ。
今回の買収話は、僕の直属の上司が持ってきたもので、買収先の会長とはゴルフ仲間だったそうだ。上司は資金力のある会社で、自分に負担のかからない、安定した事業をやっていきたい。一方、現社長は、自分の資金を投じて、会社をここまで続けてきたわけなので、売却するならば高く売りつけたい。当然、今まで投じた資金以上のリターンを求めているわけだ。最終的に買収は成立したものの、後から色々な問題が生じた。
会社の買収というのは本当に難しい。
まずは「前受け金」問題。前受け金と言うのは、まだ売り上げが確定しておらず、返金の可能性が残されている、いわゆる手付金だ。例えばキャンセルやサービスの不履行が生じれば返金が生じる。こういった可能性がある場合、然るべきサービスを提供し、返金が生じない状態になってから、売上に計上しなければならない。
しかし、今回、買収先に報告をした今期の売り上げは、前受け金を含めた金額だった。これが後々判明し、実際に返金が生じてしまった為、買収先の経理部長が激怒していたのを覚えている。
また、僕らはクライアントからお金を預かり、そこから必要なところへの支払いを行う。なんと、その支払いの幾つかが、買収先への報告書に計上されていなかった。お互いチェックがずさんだったともいえるけど、買収先としたら「詐欺じゃねえか」と言いたくなるような始末だ。
これは意図的なのか、単純なミスなのかは分からない(多分意図的だと思う)。しかし、
買収というのは買う側、売る側、残る人、去る人、様々な思惑がある。そこには大きな損得が絡むので、本当に大変な作業だと思う。
そんな裏話がありつつ、買収の話がまとまるかどうかのタイミングで、僕達は買収先の会長と食事をすることになった。
会長との食事
場所は確か、池袋サンシャインのしゃぶしゃぶ店。会話の内容は殆ど覚えていないが、鮮明に覚えているのはしゃぶしゃぶの美味さ。口に入れた瞬間にとろけるというのはまさにこの事。昔食べた松坂牛以来の衝撃だった。20代半ばの僕は食欲旺盛で、遠慮なくかなりの量の肉を平らげた。レアチーズの様な豆腐も上手かった。
ブラックカード
そして、支払いは、勿論会長だ。会社が財布から出したのがブラックカード。
「なんだこれは!!」
今こうして振り返ると、この瞬間が自分のターニングポイントの一つだったと思う。
このブラックカードを見た時、僕の野心みたいなものに火が付いた。僕の周りには、ビジネスの成功者や金持ちというのがいない、いわゆる普通の人達ばかりだった。成功者なんて自分には縁のない、TVだけの話だと思っていたけど、それが目の前に、ブラックカードという形で突如現れた。ブラックカードは存在するし、金持ちも実在する。ていうか、目の前にその張本人がいる。この時、自分の世界が広がったというか、こんな世界買いあるという事を知ってしまった。
この黒光りしているカードを俺はまだ覚えている。ブラックカードだ何て甘美な響きだ。
I want a black card.
そして、僕は進めていた転職を一旦保留にし、買収先の会社で仕事を続ける事にした。