おいのち、いただきます
昨年はさんまが不漁で食べる機会も少なかったが、今年は大量とみえて、これでもかと言うくらいさんまを食べている。現代の子供は魚は切り身だと思っている子が多いのではないかと思うくらい、魚本来の姿を目にすることは少ないのではないだろうか。
共働きで忙しいお母さんは、わざわざ魚屋へ行って魚だけを買ってきて三枚におろしたりすることもないだろうし、ばらして調理もしないだろう。第一、魚をさばけるお母さん自体が少ないのではないだろうか。
便利なことに魚売場のパックをよく見ると「下処理済み」とシールの貼ってある魚も売っているくらいだから、わざわざ手間のかかる魚を買ってくることもないのかもしれない。
もし私が素直な子供だったら、魚は切り身が海を泳いでいるのではないかと思ってしまったかもしれないが、今の子供はそんな素直でもないしバカでもない。魚と言えば日本の朝食としていちばん馴染みのある鮭の切り身しか見たことのない子供もいるかもしれないが、最初から魚が切り身のわけがない。そんなことは百も承知であろうが、やはり魚はお頭つきで、そのままの姿で食した方がよい。
ここ半年以上、私は自炊を続けている。必要に迫られてやらざるを得ない状況だが、私はいつの頃からか切り身ではない魚を焼く時、特にさんまを焼く時は独り言を言うようになってしまった。
親兄弟か分からない数匹のさんまが、我が家の冷凍室で仲良く背筋を伸ばして釘でも打てそうなくらいカチカチに凍っている。それを冷凍庫から引っ張り出し、グリルで焼いて晩のおかずとして大根おろしと共に膳に上がる。
冷凍室から「救出」されたさんまは数時間、シャバの空気を思う存分浴びて、死後硬直のように冷たく突っ張った状態から、その身は解けて手で持つとグニャリと折れてしまいそうに柔らかくなる。やがて、その身を焼かれるその時、私はグリルの網に横たわるさんまと目が合った。
さんまの目は死んではいるが、冷凍室でカチカチに凍っていたせいか目の輝きはまだあり、我が身の行く末を嘆き、心なしかその目は潤んでいるように見えた。そんなさんまが何だか気の毒に思えて、私は言葉をかけずにはいられなかった。
「さんまちゃん、ありがとう。今日もおいのちいただきます」
そう言って、私は右手で拝んでグリルの蓋を閉め、火をつけるのである。換気扇を回すと外にさんまを焼く煙が流れていく。それはまるで人間を火葬している時のようであるが、今は近所からの苦情もあり、火葬場の煙は外へは出て来ないらしいが、焼き魚ではさすがに苦情も来る心配もない。
今から二十年程前、金子みすゞという童謡詩人が再評価され、脚光を浴びたことがあった。二十代も半ばでその生涯を終え、一人娘を残して死んでいったみすゞは、生きた証のようにたくさんの自作の詩も残して行った。どれも素直で、手垢のついていないみずみずしい感性で書かれているが、その中でも私の心に特に印象に残った詩があった。
「大漁」という名のついた詩である。
漁師たちは大羽鰮(いわし)の大漁を喜んでいるが、海の中では(魚たちが)鰮のとむらいをするだろうという詩である。
鰮がたくさん獲れて漁師たちは大喜びだが、それとは逆の立場の魚たちは自分の親兄弟、仲間たちをかっ拐われて、人間の腹を満たしもう二度と会うことはない。そんな人生の不平等や不条理、悲哀を静かに詠っている詩である。
初めて読んだ当時も、私はこの短い詩に潜む静かな不気味さに身震いし胸を突き刺されたが、歳を重ねた今、身を以て魚側の気持ちがよく分かるようになった。
魚に限らず肉も植物も、全ての生き物の命を私たちは「殺して」それを食べ、毎日を生き延びているのである。切り身になっている魚や肉であれば顔も見ずに済むし、目も合わさずに済むから命をいただいているという実感も薄い。が、決してそうではないのである。魚も豚肉も牛肉も鶏肉も野菜も、私たちが口にしなければ生きていられたのである。私たちがその命の鼓動を止めてしまっているのである。
人の命を大切に思えない人間は、魚も肉も切り身しか食べていないのではないだろうかと、冗談ではなく真剣に思う時がある。その姿形を知っていたら、その目を見ていたら、捕えられた無念や恨み節を口に出して訴えているかのような、その半開きの口を見たら、私は思わず手を合わさずにはいられない。感謝より先に、弔いの言葉をかけずにはいられないのである。
今日も私は、直接手を下さないが無数の命を殺して生きていく。感謝の前に、まずは彼らを弔って、それから彼らの「いのち」をいただいて、今日も私は、浅ましい人間として生きていくのである。
2024年11月9日 書き下ろし