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贅沢な地獄の小話詰め合わせ 映画メモ『憐れみの3章』

『憐れみの3章』

ヨルゴス・ランティモス監督気になり勢としては観に行かなければとチェックしていた作品です。いつのまにか始まっていて、気付いたときには上映がかなり少なくなっていました。間に合って良かった~。

これはあらすじを説明するのが難しいですね。お話3本からなる、上映時間164分に及ぶ大作です。内容は、すべての行動をある老人に決められている男が初めて反抗したら大変なことになったわね…なお話・行方不明だった妻が戻ってきたけど、これって別人では…?と疑いはじめちゃった男のお話・人を蘇生させる力を持つ女を探す、結構変わった女(変わったダンスを踊る)のお話……の3本ですって感じです。

世にも奇妙な物語みたい、という声がよく聞かれるなあという印象です。私は先日見た『エストニアの聖なるカンフーマスター』の影響で聖書の勉強をしようかなと思い、最近手塚治虫先生の旧約聖書のアニメコミックを読んでいるところなんですが、そのせいか、「聖書みたいだなあ」と感じました。

聖書って、まあ子供向けのアニメをコミックに編集したものなのでちょっとちがうこともあるのかもしれませんが、なんか、結構理不尽なんだな!と思ったんです。神、すごい勝手言うじゃん!みたいな。こうしないと、こうなっちゃうからね!っていうのが世界の破滅だったりして。

そんな理不尽な小話が詰め合わせられているという点で、私にとってはタイムリーに聖書と重なりました。これこれこうしない者orこうしちゃう者は、最悪こうなっちゃうからね!というヨルゴス・ランティモス神の教え。どれも本当に嫌だった~。

ヨルゴス・ランティモス監督の作品って、しれっと人知の及ばないものの力が加わっていたりするところが好きです。その力は何なの?と言われると説明できない。なんか、そういうものなんです…って感じ。でも現実も、超常現象じゃないにしろ、「なんか、そういうものなんです」という理不尽をどうにかこうにか躱したり誤魔化したりやられたりしながら生きてるよなと思う。

明らかにおかしいことが起きているのに、当事者以外の人間や社会があまりにも普通でリアルなところも好きです。こう言われたらそんなリアクションになるよねとか、異常を目の当たりにしても実際どうもしないよねとか。ある男が病院で男性看護師に、足を怪我して痛くて…トイレに付き添って…と泣きついてトイレに誘い出し、出てきたら看護師の服を着ているというシーンがあって、そのトイレの出入りを見てる患者も映ってるんですけど、何もリアクションしないんですよね。絶対見てるのに。でもそうかも。だって自分も病気とか怪我でそこにいて大変だろうし。自分に関係ないし。ヨルゴス・ランティモス作品の、非現実と、実際そうかも…の生々しさのバランスが改めて好きだな~と感じました。ちょっと遠くからの画で、まさに神の視点じゃないですけど、箱の中を覗いてるような気持ちになるショットも好き。

『哀れなるものたち』も最高だな~~~!と思っていますけど、今回直球ランティモス!!(?)を食らって、やっぱりこの違和感が心地いいのだと再確認しました。

あと私しばらくマット・デイモンが出てると思い込んで観ていたのですが、それはジェシー・プレモンスという別の役者さんでした…!とっても似てる…!私の中でマット・デイモンは30~40代の顔が印象的なんですよね。ジェシー・プレモンスさんが今ちょうど30代なかばのようなので、余計に重なったみたい。この作品、3本の小話を同じキャストが役を変えて演じているので、それぞれの演じ分けも注目ポイントです。ジェシー・プレモンス、ギラギラした感じの男から、スッと野性味が消え去った優男っぽい感じまでがらりと変わっていて素敵でした。エマ・ストーンも本当にそれぞれちょっとずつ違う変さというかなんというか…素敵だなあ…素敵なキャストたちの素晴らしいお芝居を3倍楽しめる贅沢な作品だと思います。


ところでこれまでいくらでもキリスト教とか聖書が関わってくる作品を観ているはずなのに、『エストニアの聖なるカンフーマスター』が直接のきっかけになって読んでみているの、あまりにも私っぽすぎる。

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