イスラエルの歴史家・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論考批判
序
最初にことわっておくと、タイトルの「批判」の意味はおそらくは一般に多用されているような「否定的な評価」というような意味合いでの「批判」だけを意味しているのではありません。「批判」には元々、上記のような使われ方における意味の他に、その対象に検討を加え、判定もしくは評価すること、という意味があります。平たく言えば、良い点、悪い点を見分け、評価なり判定なりを行なうという作業です(その他に哲学における用語としての意味もありますが、ここではそこまで深入りしようとは思っていません)。要するに、この投稿における「批判」は、肯定できない側面を指摘して「批判」する部分と、後者の、「批評」と言い換えてもいいような意味合いでの「批判」の両方を含んでいます。
もう一、二点、私のここでの上記「批判」の作業の前提条件を書いておきたいと思います。些か釈明じみてきますが、知らないものは知らないと言っておく必要があります。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏は今や世界的に著名な歴史学者・哲学者と形容されたりもするようですが、私自身は、彼の著作をこれまでに読んだことがありませんでした。パレスチナとイスラエルの歴史的問題や現在の状況についてかなり詳しい方だと自負している私ですが、イスラエル出身の有名な知識人である彼については、辛うじて名前を聞いたことがあった程度です。
また、歴史学や哲学にさほど通じているとは言えない私です。世界的に著名な歴史家の著作という条件をつければ、いま思い出す限り、過去に読んだことがあるのは、大学に入学した頃、今から40年も前に読み今も印象には残っている、いまだにその本を大事に持ち続けている、イギリスの歴史家、政治学者である E・H・カーの『歴史とは何か』ぐらいではないかと思います。哲学となると、さっと著者、著作が浮かんでくるのは、「ドイツの」という修飾がもはや不要であるほどに著名なフリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』。繰り返し読まないととても理解できるようなレベルのものではなかったので、これも学生時代から卒業後にかけての若い頃ですが、2度読みました。
ユヴァル・ノア・ハラリの「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論
さて、前置きが長くなりましたが、ここから、イスラエルの歴史家・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「新型コロナウイルス」論考批判、その本論に入ります。
切っ掛けは、昨日の朝たまたま観た TBS の番組「サンデーモーニング」における新型コロナウイルスに関わる特集の中で、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が何を言っているのかについての言及があったことです。確か番組内では、世界の多くの都市において Lockdown, 「都市封鎖」が感染拡大防止対策として行なわれている今、しかし現代において世界はますます分離でなく、グローバルな協力が極めて重要だと見做される時期に入った、というような趣旨のことを彼が言っているという紹介だったと思います。
その視点に興味を惹かれたことと、自分が日頃から関心を持っているイスラエルという国の出身の知識人の言説であることが、さて、具体的に彼がどんなことを言っているのだろうという私の想い、好奇心を深めることになりました。
ググってみたら、思いの外、容易にこの問題に関わる彼の論考が見つかりました。
長大な論考ではなく且つ難解な専門用語が多用されているわけでもないので、辞書さえ使えば私の不十分な英語力でも読解できるレベルのものですが、ありがたいことに、彼の著作をこれまで翻訳してきた翻訳家による日本語訳も見つかりました。
一読して、読み応えがあり、示唆に富む内容の論考だと思いました。世界の政治指導者などに読まれるべきと言えるような意義ある内容のものだと思いますから(ただ、私としては一部に疑問、些か否定的に指摘したい部分があります)、少しでも関心を持たれた方は、是非、全文を読まれることをお勧めします。
各論 〜 人類の ウイルス との闘いと 宗教
【7段落目】
When the Black Death struck in the 14th century, people had no idea what causes it and what could be done about it. Until the modern era, humans usually blamed diseases on angry gods, malicious demons or bad air, and did not even suspect the existence of bacteria and viruses. People believed in angels and fairies, but they could not imagine that a single drop of water might contain an entire armada of deadly predators. Therefore when the Black Death or smallpox came to visit, the best thing the authorities could think of doing was organizing mass prayers to various gods and saints. It didn’t help. Indeed, when people gathered together for mass prayers, it often caused mass infections.
(日本語訳)
14世紀に黒死病が猛威を振るったときには、何が原因で、どんな手が打てるのか、人々は見当もつかなかった。近代以前、人類はたいてい病気を、怒れる神や悪意に満ちた魔物や汚い空気のせいにし、細菌やウイルスが存在するなどとは考えもしなかった。天使や妖精がいると信じていたものの、たった一滴の水に命の略奪者の恐ろしい大軍が潜んでいようとは、想像もできなかった。したがって、黒死病や天然痘が襲ってきたとき、為政者が思いつくことと言えば、大規模な祈禱の催しを行ない、さまざまな神や聖人に救いを求めることぐらいのものだった。だが、効き目はなかった。それどころか、大勢の人が集まって祈りを捧げると、集団感染を招くことが多かった。
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「為政者が思いつくことと言えば、大規模な祈禱の催しを行ない、さまざまな神や聖人に救いを求めることぐらいのものだった。だが、効き目はなかった。それどころか、大勢の人が集まって祈りを捧げると、集団感染を招くことが多かった」、この箇所ですが、世界のとりわけイスラム神政国家の中には「為政者」のままでもこの 21世紀、西暦2020年の悲惨な状況に当て嵌まるところがあるかもしれませんが、ここは少なくとも「為政者」を「宗教指導者」および「宗教の信者」(とりわけユダヤ教、キリスト教、イスラム教 = 人口など勘案した影響力を重視すれば特に後二者 = といったアブラハムの宗教にその傾向が強いように感じますが)に置き換えれば、何のことはない、14世紀も 21世紀も、それほど大きな差はないように思います。
これはもちろん、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の論考のこの箇所への批判ではありません。そうではなく、報道等で多くの人が知っているように、中東や東南アジアなどを中心に、しかしそれだけでなく欧米の国々でも見られるように、また近いところでは韓国でもあったように、宗教指導者によって組織された集団礼拝が今般の新型コロナウイルスの感染拡大の原因となった事例が世界中にあること、しかも、新型コロナウイルス の脅威や感染の仕方の特徴などがメディアを通じて世界の決して少なくない人々の間で共有されたであろうと思われる時期においてさえ、そうした事例が多々見られた、という事実に対する、現代人の一人としての慨嘆です。
誤解を恐れずに言えば、科学を軽視、酷い場合は無視すらする宗教というものの中にある嘆かわしいほどの愚かさは、14世紀から21世紀の今に、少なくとも宗教界の一部において確実に引き継がれて来ている、ということです。このことを否定できる人がいるでしょうか。それこそ、宗教界の一部もしくは宗教の信者のうちの少なからぬ人々が感情的に否定にかかるかもしれませんが。しかし、客観的には、否定できない事実です。
【8段落目】
During the last century, scientists, doctors and nurses throughout the world pooled information and together managed to understand both the mechanism behind epidemics and the means of countering them. The theory of evolution explained why and how new diseases erupt and old diseases become more virulent. Genetics enabled scientists to spy on the pathogens’ own instruction manual. While medieval people never discovered what caused the Black Death, it took scientists just two weeks to identify the novel coronavirus, sequence its genome and develop a reliable test to identify infected people.
(日本語訳)
20世紀には、世界中の科学者や医師や看護師が情報を共有し、力を合わせることで、病気の流行の背後にあるメカニズムと、大流行を阻止する手段の両方を首尾良く突き止めた。進化論は、新しい病気が発生したり、昔からある病気が毒性を増したりする理由や仕組みを明らかにした。遺伝学のおかげで、現代の科学者たちは病原体自体の「取扱説明書」を調べることができるようになった。中世の人々が、黒死病の原因をついに発見できなかったのに対して、科学者たちはわずか2週間で新型コロナウイルスを見つけ、ゲノムの配列解析を行ない、感染者を確認する、信頼性の高い検査を開発することができた。
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さて、ここからも前段落に関してと同様、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の論考のこの部分の批判ということではありません。上記同様、あらためて、14世紀でなく、いま現在、21世紀の宗教というものに関し、一言「否定的な意味合い」での批判を加えておきたいと思います。
「進化論」です。この指摘で既に十分なほどです(笑)(ただし溜息と共に、笑)。
世界の多くの人が知っているように、とりわけアブラハムの宗教の指導者や信者の多くが、いまだ、「進化論」そのものを否定しています。
ユヴァル・ノア・ハラリ の視界から抜け落ちた 「隣人」 〜 パレスチナ人, パレスチナの民
【16段落目】
As you read these lines, perhaps a similar mutation is taking place in a single gene in the coronavirus that infected some person in Tehran, Milan or Wuhan. If this is indeed happening, this is a direct threat not just to Iranians, Italians or Chinese, but to your life, too. People all over the world share a life-and-death interest not to give the coronavirus such an opportunity. And that means that we need to protect every person in every country.
(日本語訳)
みなさんがこの文章を読んでいる間にも、テヘランかミラノか武漢の誰かに感染した新型コロナウイルスの、たった1つの遺伝子の中で、それに似た変異が起こりつつあるかもしれない。もしそれが本当に起こっているとしたら、それはイラン人やイタリア人や中国人だけではなく、みなさんの命にとっても直接の脅威となる。新型コロナウイルスにそのような機会を与えないことは、全世界の人にとって共通の死活問題なのだ。そしてそれは、あらゆる国のあらゆる人を守る必要があることを意味する。
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ここで私が言いたいことはシンプルです。それはこの後に紹介する 19段落目 に関しても同様なのですが。
「そしてそれは、あらゆる国のあらゆる人を守る必要があることを意味する」。
こう述べるこの段落で、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、「イラン人やイタリア人や中国人」に言及しています。
しかし、彼の論旨からすれば、「あらゆる人」の中には、当然、イスラエル国内のアラブ系イスラエル人(パレスチナ人でイスラエル国籍を持つ人)、そしてイスラエルが不法占領を続ける東エルサレム並びにヨルダン川西岸地区のパレスチナ人、およびイスラエルが違法な封鎖政策を続けているガザ地区のパレスチナ人が含まれなければなりません。
新型コロナウイルスがイスラエル・パレスチナの地域でも猛威を振るうようになって以降、同地域におけるパレスチナ人の置かれた境遇が、あらためて世界の多くの人権を重んじる人々の中で注目されてきています。
イスラエルが 1967年以降、同年11月22日に採択された決議242号をはじめとする複数の国連安保理決議や国連総会決議に違反、抵触しながら、半世紀以上にわたって違法占領を続けるヨルダン川西岸地区(この文脈において東エルサレムも含まれます)では、昨日の時点までに、99人、ほぼ100人に上る新型コロナウイルス感染者(検査のうえ陽性と判定された人)が確認されています。
ガザ地区についてはどうでしょうか。イスラエルはガザ地区に対しては現在、違法な封鎖政策をし続けており(2007年以降、既に14年間)、医薬品を含む様々な物資の搬入が妨げられているために、同地区では、不足というより枯渇という表現が妥当であるほどに医薬品が足りなくなっています。そして、それだけでなく、今世紀に入ってからの度重なるイスラエルによる爆撃(毎年のように行なわれ悲しむべき、あるいは怒りと共に銘記すべきことに今年、今月、先週末も行なわれています)によって、同地区の病院の設備は機能不全に近い状態に追い込まれています。
今、世界の多くの都市で、Lockdown, 「都市封鎖」が、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための手立てとして実施されていますが、皮肉なことに、パレスチナのガザ地区においては、イスラエルによる封鎖を解き、十分な医薬品を同地区に運び入れ、病院の施設・設備の状態を改善させることが、新型コロナウイルスとの闘いの上でも、急務になっています。今、ガザ地区では、それでも、そんな、すなわちイスラエルの封鎖政策のもとで「世界最大の強制収容所」と形容されるような大変な状況にある同地区のパレスチナ人たちが、今後の新型コロナウイルスの感染拡大に備えて、新たな医療施設の建設を急ピッチで進めているところです。
そのガザ地区では、昨日までに、9人の新型コロナウイルス感染者が確認されています。このままイスラエルによる厳しい封鎖政策のもとにおかれた同地区を放置したならば、現在のイタリアの状態を上回るような恐ろしい状況になりかねないものと、世界の多くの人々が心配しているところです(そもそも今回の新型コロナウイルスによる脅威がなくとも、イスラエルによる封鎖が続く限り、電気やガスなどの供給も制限され、水道水も汚染されてしまっているガザ地区は、今年 2020年中に「人が住めない」環境の地域になってしまうと、既に数年前から国連が警告しているほどなのです)。
イスラエルの知識人であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が、上に転載した【16段落目】にあるような思考を深める時、何故その際に、彼の直ぐ近くに存在している「隣人」であるパレスチナ人の置かれた境遇への言及がないのか、この点には、甚だ疑問を感じざるを得ません。
この論考全体はグローバルな視野で人類の新型コロナウイルスとの闘いについて彼の考えを述べたものですが、しかし、その趣旨からして、彼の国であるイスラエルの違法な占領と封鎖のもとに置かれた、(イスラエル人の「隣人」である)パレスチナ人と彼らの新型コロナウイルスとの闘いについてユヴァル・ノア・ハラリ氏が【具体的に】何を考えているのか、そのことが全く伝わって来ないことには、大きな疑問を感じる他ないのです。
【19段落目】
Over the last century, humanity has fortified this border like never before. Modern healthcare systems have been built to serve as a wall on that border, and nurses, doctors and scientists are the guards who patrol it and repel intruders. However, long sections of this border have been left woefully exposed. There are hundreds of millions of people around the world who lack even basic healthcare services. This endangers all of us. We are used to thinking about health in national terms, but providing better healthcare for Iranians and Chinese helps protect Israelis and Americans too from epidemics. This simple truth should be obvious to everyone, but unfortunately it escapes even some of the most important people in the world.
(日本語訳)
過去1世紀の間、人類はかつてないほどまでこの境界の守りを固めてきた。近代以降の医療制度は、この境界にそびえる壁の役割を果たすべく構築され、看護師や医師や科学者は、そこを巡回して侵入者を撃退する守備隊の務めを担っている。ところが、この境界のあちこちで、かなりの区間が情けないほど無防備のまま放置されてきた。世界には、基本的な医療サービスさえ受けられない人が何億人もいる。このため、私たち全員が危うい状況にある。健康と言えば国家の単位で考えるのが当たり前になっているが、イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ。この単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる。
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「世界には、基本的な医療サービスさえ受けられない人が何億人もいる」。
再び、ユヴァル・ノア・ハラリ氏よ、「パレスチナを見よ」、「あなた方の隣人であるパレスチナ人を見よ」です。
上記の一文が示すところの、世界において最も重大で深刻な事例の一つが、間違いなく、イスラエルが 2007年以来、14年間にわたって封鎖政策を続け、そのため医薬品が圧倒的に不足し、しかもイスラエルの度重なる爆撃によって病院の設備もその多くが機能不全に陥っているガザ地区に住む、180万人のパレスチナ人たちの置かれた境遇です。また、イスラエルが既に半世紀以上にわたって違法な軍事占領を続けている東エルサレムとヨルダン川西岸地区のパレスチナ人たちが置かれた状況も、同様に深刻です。
この問題においては、イスラエルのみならず、アメリカ合州国にも触れざるを得ません。イスラエルのガザ地区に対する封鎖政策、東エルサレムとヨルダン川西岸地区に対する占領政策は、過去の複数の国連安保理決議に明確に違反していますが、1948年のイスラエル「建国」以来、72年間にわたってイスラエルに対する一方的に偏った支援、軍事・財政援助政策を実施し続けるアメリカ合州国が、国連安保理において世界でたった5カ国の常任理事国の一つであることは、極めて皮肉な事実です。
ともあれ、イスラエル出身の世界的に著名な知識人であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が、グローバルな視野で、イスラエル政府が敵視するイランという国の人々にも想いを馳せる「立派な」論考を公にする時、その彼の論考自体から、彼の国の政府によって 70年以上にわたり(控えめな表現をしても)基本的人権を侵害され続けている(彼らイスラエル人の隣人である)パレスチナ人に対する彼の想い、考えが、全く伝わって来ないのはどういうことなのか。
彼のこの論考の中に、上に述べたような境遇にあり、彼が考えるところの「人類の新型コロナウイルスとの闘い」においても重要な存在となるはずのパレスチナ人に対する言及が全くないことには、あらためて、大きな疑問を感じざるを得ないのです。
全く言及がない以上、最低限、彼自身が、この論考における文脈の中においてさえ、パレスチナ人の存在と彼らが置かれた医療環境ひいては彼らの人権をどう位置付けているのか、知る由もありません。
知りようがないわけですが、しかし、仮に、彼の他の論考を見る限り、現在のイスラエル政府に対しても(否定的な意味合いで)批判的な視点を持ち合わせるイスラエル在住のイスラエル人知識人であるユヴァル・ノア・ハラリ氏が、パレスチナ人の存在と彼らに関わる上記の諸々について無関心であるのなら、もしくは軽視しているのであれば、国際的に活躍し、一部からは「知の巨人」と評されるユヴァル・ノア・ハラリ氏が、「偽善者なのではないか」との誹りを受けても仕方ないのではないか。私はそう思います。
「健康と言えば国家の単位で考えるのが当たり前になっているが、イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ。この単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる」。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏のこの主張には全面的に同意しますが、要するに、上記引用部分の言葉を置き換えれば、「イスラエル人の隣人であるパレスチナ人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ」のです。
その「単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている」知識人のうちにさえ、「それに思いが至らない者が」います。
「思いが至らない」知識人の中に、ユヴァル・ノア・ハラリ氏自身が含まれるのかどうか、今後、機会があるごとに、彼の様々な論考を観察していけたらと考えています。
なお、上に転載した 19段落目に続く、20段落目から最後の 24段落目にわたって展開されるユヴァル・ノア・ハラリ氏の「人類の新型コロナウイルスとの闘い」論も、非常に示唆に富んでいます。その 5段落分を含み、この論考全体が、彼の国であるイスラエル、そしてアメリカ合州国、そしてイギリス、あるいは私の国である日本など、多くの国々の政治指導者(国によっては宗教指導者も)たちにぜひとも読んでもらいたい内容です。その意味で大変意義深い最後の 5段落分を含む全文に関心がある方は、上記のリンクを使って、彼の論考全体について一読していただけたらと思います。
後書き (note リンク 3点) 〜 その後の ユヴァル・ノア・ハラリ と パレスチナ
<< 以下、2020年 7月16日午後5時55分・加筆 >>
いま、久しぶりにこの投稿を見たら、読者の方からの反応が 12 になっていました。本投稿は 2020年 3月30日に書いたものですが、その後、4月22日に本投稿の続編的なものを書いて投稿しているので(内容的には重なる部分があり些かくどい面もありますが)、その投稿へのリンクをここに付しておきたいと思いました。
本投稿を今後ご覧になる方は、お時間が許す時にでも、以下の続編の方も合わせて読んでいただければ幸いです。
<< 2022年10月12日、以下の関連 note リンク 2点 を追加 >>
1) ユヴァル・ノア・ハラリ と 彼を礼賛する人たち が見ないもの、あるいは見ようとしないもの
2) 以下の note の主眼は ボブ・ディラン批判 だが, その第4章 ボブ・ディランの不都合な真実 〜 しかし, 日本の朝日新聞を含む世界の大手メディアは, ディランの「権威」の前にひれ伏し, ひたすら沈黙を守り続けている の注釈 *4 と *5 及び *6 で, その後の ユヴァル・ノア・ハラリ(2021年9月現在)について取り上げ, パレスチナ/イスラエル問題に関しても比較的まともなことを言うようになった ハラリと, それでもなお残る彼の論に対する批判について紹介している。
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