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クリスマスケーキを買った時代、作った時代、そして心配な今

私の母親はお菓子作りをしない。

母親は常に正職員で働いていた。
兼業農家でもあったし、庭で植物を育てることも好きで
休日も田畑や庭いじりをしていたり
家事に忙しかった。

 
 
だからドラマ「家なき子」で主人公すずが

「お母さんが生きていた頃は、お店で売っているよりかわいいクリスマスケーキを作ってくれた。」

と言った時
私はすずのお母さんは相当マメなのだと思った。
普通の主婦がプロより上手いケーキを作れるはずはないと思った。

 
 
だが、小中学生の頃に友達の家に行ったら

「このケーキ、お母さんが作ったんだよ。」

とか

「お母さんとケーキを作ったんだ。」

とか

友達が言いながら私にケーキを渡してきた。

 
ベイクドチーズケーキ、レアチーズケーキ、ブルーベリーケーキ、チョコケーキだった。

 
 
私はビックリした。

パティシエでもない【母親】がケーキを作ることも
母娘でケーキを作ることも
ドラマの世界だと思っていた。

ケーキは見た目もしっかりしていて、味も美味しかった。

 
いいなー…

 
 
私は友達が羨ましかった。

友達が母親とキャッキャしながらケーキ作りについて話した姿を見たり
遊びに行った私に振る舞ったり
お土産に持たせてくれた時

私は確かな羨ましさを感じた。

 
私は叶わないと知っていた。
ケーキどころか、クッキーさえ母親は作らない。
和菓子やホットケーキを祖母は作るが
私の母親はお菓子やケーキを作るタイプではないと
聞く前から分かっていた。
それに母親は基本的に忙しい。
ダラダラしている姿なんて見なかった。

 
……私がもし結婚して、娘を授かったら
私は娘とケーキ作りしたいな。

 
中学生の頃、私はそんな淡い夢を抱いた。

 
 
 
私の家の近くにはケーキ屋さんがあり、クリスマスと誕生日は必ずそこでケーキを買った。

毎年、姉の誕生日&クリスマスはチーズケーキ、私の誕生日はショートケーキ(20代途中からチョコケーキ)と決まっていた。

 
姉はクリスマス生まれなので、我が家は姉の誕生日会とクリスマス会は同じ日である。 

クリスマスはケンタッキーのチキン、コーンスープ、ピザ、チーズケーキが必ず食卓に並び
他のメニューはその年によって違った。

 
我が家にとって、ケーキは買うものだった。
作るという発想はなかった。 

 
子どもの頃は一度ケーキをホールで一人占めしたかったが
ある年のクリスマスに、チーズケーキ、アイスケーキ(親戚からもらった)、チョコケーキ(姉が同僚からもらった)の三ホールが揃った時

ケーキはみんなでシェアで十分……

と、心底思った。

 
 
初めてのバイト代で、親にプレゼントを買い、ホールケーキを自分の為に買いたいと 
高校時代は願っていたのに
大学に行く頃にはすっかり、ホールケーキの夢はなくなった。
バケツプリンも憧れていたが
やはりその夢も霞んでいった。

 
私は人よりも少食で胃が弱かった。
そして体重増加を、大学生になってから気にしだした。
更に、大学以降、誕生日やクリスマスにこだわらなくても
ケーキはちょこちょこ食べる機会に恵まれた。

 
私にとって、ケーキの特別感は子ども時代より少なくなり
量はいらないと感じる大人になっていた。

 
昔は大好きだった生クリームも段々たくさんはいらなくなり
誕生日ケーキはチョコケーキに変更した。
25歳くらいだったと思う。

 
 
 
私がアラサー時代に付き合った人は、食にこだわる人で、なんでも好き嫌いなく、モリモリ食べた。

偏食家で少食な私は
食べっぷりがいい人や美味しそうに食べる人が好きだった。
私は彼のそんなところも好きだった。

 
彼は外食をあまり好まず、手料理を食べたがった。
私より彼の方がよっぽど料理好きだが
私の下手な料理や失敗した料理を
いつも完食してくれた。
料理を褒めてくれた。
「美味しい。」とも言ってくれた。

彼にとっては、お店で売っている、味が整った料理よりも
私の手料理の方がいいらしい。

 
私は自分のためには料理はする気が起きないが
彼のためになら、料理上手になりたかった。
だから私は彼の好きな料理ばかり得意になったり、作るようになった。

 
私の方が仕事が忙しかったり、体調が悪い時は
彼がよく料理をふるまってくれた。
私よりよっぽど美味しい料理を食べるほどに内心凹んだが
「俺はともかの料理がいい。」と言い続けてくれた。

その言葉が、嬉しかった。

 
 
付き合って初めての彼の誕生日が近づいた時

「手作りケーキ作って♡」

と、言われた。

 
 
ゲッ……

 
と思った。
手作りケーキだぁ??

 
  
確かにクッキーやらなんなら、たまにお菓子作りはしていたし
料理よりお菓子作りの方がまだ得意だった。
だが、さすがにケーキはハードルが高い。
スポンジが案外難しいぐらいは私だって知っていた。

私「スポンジは………市販でもいい?ケーキはなんでもいい?ケーキに入れてほしくないものはなんかある?リキュール少なめのがいい?」

 
彼「任せるよ。ともかのケーキならなんでもいい。俺、好き嫌いないし。」

   
 
そうして、成り行きで私はケーキ作り時代に突入した。

彼は【ケーキは絶対手作り派】で、誕生日とクリスマスは私に手作りケーキをねだった。
甘党だった為、誕生日やクリスマス以外にもケーキを作ることもあった。

 
毎年、誕生日はミカンのケーキを作っていて
クリスマスケーキはデコレーションを変えていた。

 
誕生日ケーキは毎年同じだからいい。
問題はあくまで、クリスマスケーキだ。

 
 
秋になると、私はコンビニやケーキ屋さんからカタログをもらい
ネットや料理雑誌を眺め
私はクリスマスケーキのデコレーションを考えた。

100均やスーパーに立ち寄り
材料費や日持ちや色や形のバランスをチェックした。

 
ケーキはナマモノだ。鮮度は大切である。

ケーキは大抵、23~25日に作った。
23日にデートをする場合はケーキを彼の家に持参した。23日は休みだからまだいい。

 
問題は24~25日だ。
私は朝早く起きて(もしくは前日夜に)ケーキを作り、早めに家を出て、職場に行く前に彼の家に寄った。

【クリスマスは朝食にホールケーキを食べたい♡】

というのが彼の要望だからだ。
12月は仕事が忙しいし、睡眠時間が削られるのはなかなかに厳しいが
彼の喜ぶ顔が見たかった。

 
 
私は車内でサンタの帽子をかぶり、チャイムを鳴らす。

私「メリークリスマス!サンタさんが来たよ~!!はい、上がるよ~!!!グッモーニング!!!!」

 
彼「朝から元気だなぁ…。勝手にドスドス家に入るなよ。」

 
口ではそんなことを言いながら、ドアの鍵はしっかり開けてあるし
私用に美味しい朝食が作られている。
部屋も掃除が済んでいたし、私が飾ったツリーもキラキラしている。

私は朝からニヤニヤした。
睡眠不足だが、一気にハイテンションになった。

 
 
私はケーキを作るだけで、基本的には食べない。

彼はパシャパシャと写真を撮り
ケーキを切り分けることなく
フォークでザクザク食べていく。

すごいなぁ…
食べ方が実にワイルド……
朝から胃もたれしないんかねぇ………

ホールケーキはみるみる減っていく。

 
彼「もう一個頂戴♡」

 
ケーキを渡した日の夜、もしくは次の日の朝には
ケーキは完食され
もう一個催促されるのが、いつしか恒例のやり取りになった。

 
私「太るからダメー!二月にバレンタインデーあるから、次はその時!」

  
私はいつもバレンタインデーに、何種類かのお菓子を作って渡していた。

 
彼「二月前でも味見するよ?」

 
私「太るやーん!」

 
 
そんなやり取りをよくしていた。
私はそのやり取りが好きだった。

  
 
ケーキは私にとって買うものだった。
だけど、彼と付き合うようになって
ケーキ作りやお菓子作りにどんどんハマった。

そして私はやがて
甥っ子やはとこにケーキやお菓子をふるまったり
甥っ子やはとこと一緒にケーキを作るようにもなった。

 
 
明らかに、彼の影響だった。

いつか結婚したら、娘とケーキ作りをしたかった。
そんな私が
彼氏のためにケーキを作ったり、デコレーションをして
それがきっかけで
甥っ子やはとことケーキ作り等をしている。

 
その自分の変化に驚いた。

 
(こちらは、そのケーキの一部である↓)

 

 


 
アラサー時代、私は体重増加を気にして
自宅で誕生日に、ガッツリホールケーキを食べなくなった。
ケーキ屋さんで買わず、コンビニやスーパーの一人用で十分だったのだ。

姉は嫁いだし、祖父母は亡くなったし、父親はケーキを食べない。
私と母では、ホールケーキを持て余していた。

 
いつしか私にとってホールケーキは、買う物ではなく、作る物になった。
毎年毎年、今年はどんなクリスマスケーキを作るか楽しみで仕方なかった。

 
だけど、そんな日々は
彼との別れにより、終わりを告げる。

 
私は彼と別れてから、ガッツリホールケーキをデコレーションすることはなくなった。
私はケーキ作りが好きだった訳ではない。
彼の喜ぶ顔がただ見たかったのだ。

 
 
彼と別れたその年
うちの近所にあったケーキ屋が閉店した。
閉店日は12月25日だった。

長年地元に愛されてきたケーキ屋だっただけに
閉店の貼り紙を見て
私は心底悲しくなった。

 
毎年お世話になっていたケーキ屋が、クリスマスの大仕事をやり遂げて閉店という現実が
なんとも悲しかった。

 
 
時代は変わった。

コンビニスイーツはメキメキ力をつけ、もはやスイーツはケーキ屋だけの特許ではなかった。
スーパーの品揃えもすごい。

地元のケーキ屋が潰れるのは、二軒目だった。
時代である。

 
 
変わらないものなんて、ない。
 
彼との恋も長年お世話になったケーキ屋も
終わる時はあまりにも呆気ない。

ホールケーキを目の前にしてはしゃいだ瞬間が
走馬灯のように駆け巡り
弾けて、静かに消えた。

 
 
 
私が30歳を過ぎてから、毎年クリスマスやクリスマス付近にライブ参戦するようになった。

アイドルも
ライブ仲間もサンタやクリスマス関係の何かに仮装して
ライブで盛り上がり
みんなでケーキやご馳走を食べるようになった。

 
気づいたら私は
ライブ仲間と年間を通してケーキを食べる回数が増えた。

アイドルの生誕祭では特大ケーキを用意して皆で食べるし
ファンの誕生日の時も
有志ファンがケーキを用意してくれた。

 
子どもの頃、友達とみんなで遊ぶというよりは
友達と二人
もしくは少人数で遊ぶことが私は多かった。

 
だからまさか30歳を過ぎてから
まるでリア充のように
何か祝い事があるたびに仮装して
飾りつけられた会場でみんなでケーキやご馳走を食べるなんて
思いもしなかった。

 
恋は失ったし
恋愛は上手くいかないし
ケーキ屋は閉店してしまったけど
私にはケーキや喜びを分かち合うライブ仲間がいて
今でも繋がっている。

それはとても喜ばしいことだし
恵まれたことだと思う。

 
 
 
今年はコロナウィルスの影響で 
ライブ仲間とクリスマスパーティーはしていない。
正確にはしているが
私は参加を自粛した。

Twitterを見ると
アイドルがサンタに仮装したかわいい写真がタイムラインで流れ
クリスマスパーティーの様子が伝わる。

 
 
そんな中、昨日は
知人から午前中にLINEスタンプをプレゼントされた。
午後、友達から連絡が入り、クリスマスプレゼントが届けられた。
夕方、元職場の方からクリスマスカードとクリスマスプレゼントが届いた。

 
私は驚いた。

今年のクリスマスは家で家族と過ごす予定しかなかった。
家の中にツリーは飾られているし
ネットを開けばクリスマス感は伝わるが
それでも例年に比べたら
非常に地味なクリスマスになる予定だった。

この前、甥には早めのクリスマスプレゼントを渡したし
姉には朝のうちにお誕生日おめでとうLINEは送ったし
私の中でクリスマスは半分終わったに近かった。

 
だからまさか、イブにみんなからプレゼントやクリスマス感をもらえるとは思わなかった。
本当に私は恋愛は上手くいかないけれど
代わりに人にはとことん恵まれた。

嬉しくて、涙が出てきた。

 
 
夜は家族とケーキやチキンを食べた。

近所のケーキ屋は潰れてしまったので
それからは毎年、適当にどこかでケーキを買っている。
私の家族は私と母親しかケーキは食べないので
小ぶりでいいと何度も伝えているが
母親はホールケーキに憧れが強く
どうしてもホールケーキを買ってくる。


母よ…
明らかに、これは二人分じゃ、ない。

 
 
今日の朝食も昼食もケーキで確定してゲンナリした私に
母親はおそろしいことを言い出す。

 
母「お母さんね、ショートケーキが食べたいのよ。ショートケーキが入ってないとは思わなかったわ。
 
25日はスーパーでショートケーキ安売りしてるかしら。」

 
私「絶対にショートケーキ買ってきちゃダメ!このケーキ食べ終わるまでダメ!!ピザやらチキンやら、昨日の残りもたくさんあるし、お父さんはケーキ食べないし、私もお父さんも少食なんだから。」

 
父「お母さんのことだから、絶対にショートケーキ買ってくるよなぁ………。」

 
私「絶対に買ってくる……いや、マジ勘弁。私ももう昔ほどケーキ食べられないのよ。

24~26日まで朝昼晩ケーキはやだ。」

 
 
私はひたすらに今日の夕方が心配である。
仕事帰りにショートケーキを買ってきたら、母娘バトル勃発だ。

これ以上ケーキノルマが増えたらどうしよう……。

 
昨夜と今朝、ケーキを食べて既に苦しい。
甘い物よりおかずが食べたい。

 
 
 
今年のクリスマスの朝は、そんなケーキの心配から始まった。

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