むかし僕が死んだ家/東野圭吾
本当は東京でミュージカルを見に行く予定だったが
演者さんの体調不良により公演が中止になる。
日曜日の予定が急遽なくなってしまったため
こんな日は長編ミステリをガッツリ読もうと手にとった。
ちょうど先日、本屋でこの本をオススメしており、内容に惹かれて購入したばかりだったからだ。
あらすじは
『元カノからの沙也加から「幼い頃の記憶がない。」と打ち明けられた主人公は、記憶を取り戻すためにそのヒントがあるであろう場所の幻の家に向かう。』
というもの。
ネタバレを踏まない程度に皆さんの感想を読むと
「ホラー要素が強い。」とか「怖くてトイレに行けない。」とか書いてあったため
張り切って午前中から読みだした。
個人的にはホラー要素は少なく、トイレに行けない類の怖さは感じなかった。
恋人と二人で洋館を訪れるという展開はゲーム「弟切草」を彷彿させた。
あちらも彼女の過去が絡んでいたり、亡くなっている人がいたりするしな。
バイオハザードを彷彿させると感想に書いていた人もいた。
小説の登場人物は主に二人で
彼女の記憶を頼りに
洋館で様々なものを見ては推理して謎を解いていくスタイルだ。
ミスリードもあったり、伏線もあったりで読み応えがある。
さすが東野圭吾さん、飽きさせず最後まで読ませてくれた。
何度かページをめくって前のところを読み返したり、なるほどなと思うところがあった。
彼女が記憶をなくした理由として、〇〇か●●が理由かなぁ…と思ったら当たっていた。
実際には●●が理由で間接的に〇〇に関わっていた、といった感じだったが。
読み応えがあったのだが、いくつか腑に落ちない点もあった。
主人公がいつ△△を××したのかという点だ。
その描写はなく、いきなり問いつめられて暴露する形になっていた。
とあることに消極的になる理由として、もう少し描写に丁寧さが欲しかった。
主人公の家庭環境の理由や主張はまだ分かるのだが、沙也加の家庭環境のあぁなった理由がちょっと弱い気がする。
そんなことが色んな意味で可能なのだろうか。少し非現実的ではなかろうか。
全て読み終わった後、私は再びプロローグを読み返した。
そしてタイトルの意味を考えさせられた。
真実を知ることが必ずしも幸せとは限らないが
それでも人は譲れないもののために求めてしまう生きものなのかもしれないと改めて思った。
休日は予定していたものとは異なってしまったが
それでも充実した休みとなった。