保護者の粋な計らいによりサプライズ再会できた日
私は障害者福祉施設で働いている。
今の職場は一年目である。
私は社会人になってから二施設でしか働いたことがない。
前職は、新卒採用された施設だった。
半年間ボランティアや実習をしてから内定をいただき
新規事業二つの責任者に抜擢され
11年間働いていた。
私は骨を埋める覚悟で働いていたし
退職する気は全くなかったが
人事異動があり
その人事異動に対して思うところがあり
やむなく退職した。
その為
転職しても私は前の職場に対して思い入れは強く
どこかに出掛けるたびに
前職の人達との再会を願っていた。
コロナ禍の為
気軽に前の職場には遊びに行けないし
プライベートで遊びに行った先で
偶然再会する希望は薄かった。
だが
仕事で行く場所はイコール障害者の方々にとって行きやすい場所だったり
福祉にまつわる場所なので
再会が期待できた。
退職届を出しても
退職して年月が経ってもまだ
利用者や保護者や同僚への想いは変わらない。
転職先では、様々な製品を利用者と作っており
県内各地のイベント時に出張販売していた。
そして出張販売に行く度に
私は必ず前職で関わった誰かと再会を果たした。
だから今回も
きっと誰かに会えると私は期待に胸を膨らませた。
その日は晴天だった。
普段より出勤時間は早く
朝からバタバタする。
イベント会場で販売を指定された場所には
既に他の施設が来ていて準備をしていた。
挨拶をして
私達も準備に取りかかる。
最初はテント下が日なただったが
やがて日陰になり
風通しのよい場所になったのでよかった。
その日
その場所に行くのは初めてだった。
お客さんの入りはそこそこだった。
ただし、私が販売していた場所は奥にあり
動線に沿ってはいなかった。
イベントに来ていたお客さんは手前で引き返したり
横目でチラリと見て去ることが多く
販売には不利な場所だった。
お客さんがちらほら来つつも割と暇だった時間帯に
私は遠くにその人を見つけた。
元担当利用者のAさんとその母親だった。
「Aさん!」
私は大声で名前を呼んだ。
手を振った。
だが、気づかない。
私はお店から抜け出し
Aさんに近づいた。
「Aさん!Aさーん!」
ようやくAさんは私に気づいた。
「ともかさん!?ともかさーーーん!!」
私達は駆け寄って手を取り合った。
一年半ぶりの再会だった。
Aさんと私は13年前に知り合い
私が退職する前までずっと担当だった。
私が退職してから五回も手紙を書いてくれたのがAさんだった。
「寂しい。」「会いたい。」と何度も書いてくれて
「コロナが明けたら会いに行く。」と私は伝えていた。
本心だった。
だからまさか今日
Aさんと会えるなんて全く思っていなかった。
とても嬉しかった。
「内緒で連れてきたんですよ。」
Aさんの母親は言った。
「“あそこに行けば、大好きな人に会えるよ”って言って来ました。サプライズなんです。Aはここにともかさんがいる、って知らずに来たんですよ。」
私はこの前、前職の人と仕事で関わった時
転職先の施設名を伝えたし
その施設がSNSをしていることも伝えた。
そして、今日この場所でイベント時に販売することも伝えていた。
だからきっと
元同僚経由でSNSを見るか口頭で聞き
今日私がこの場所にいることをAさんの母親は知っていたのだろう。
「うわぁ~!かわいい!」
Aさんは私の施設で販売していた製品を興奮しながら見て
自分のお小遣いから高いアクセサリーを購入した。
私はAさんが作業をして稼いだ工賃を
コツコツ貯めていて
こうしてたまに買い物をすることを知っている。
そして、アクセサリーが好きなこともよく知っている。
変わらないAさんやAさんの母親の様子に
私は嬉しくなった。
Aさんの家にはよく送迎に行っていたし
Aさんの母親は行事参加に積極的な方だった。
Aさんとの関わりも深いが
Aさんの母親との関わりも深い。
Aさんは買ったばかりのアクセサリーを身につけ
「写真撮ろうよ!」と私に言ってきた。
…懐かしかった。
今の職場では利用者から一緒に写真撮ろうとは言われたことがないが
前職ではこうして、しょっちゅう利用者は私と写真を撮りたがったし
そのツーショット写真を大切にしてくれた。
一年半、空白の期間があっても
変わらないこともある。
「コロナが落ち着いたら、必ず会いに行くから。」
私はAさんと約束した。
Aさんの母親も「待っています。」と微笑んだ。
「またねー!」
Aさんはいつまでもいつまでも手を振り
とびきりの笑顔で去って行った。
私はとても嬉しくなった。
それから更にどれくらいの時が流れただろうか。
元同僚や知人も買いに来てくれて
久々の再会や会話を楽しんだ後
私は売り場の物を補充していた。
すると突然
後ろから何かで視界が覆われた。
「!?」
「だーれだ♪」
その声はあまりに懐かしかった。
「Bさん!」
振り向くとそこには
私の元担当利用者のBさんとその両親が
笑顔で私を見つめていた。
Bさんとの出会いも13年前であり
Aさんと同じく
退職するまでずっと私は担当していたし
Bさんちもしょっちゅう送迎をしていた。
Bさんのご家族も施設に協力的であり
交流は深かった。
だがまさか
ご家族三人で来てくれるとは思わなかった。
Bさんちは、たくさん製品を買ってくれた。
買ったキーホルダーは施設登所バッグにつけてくれるらしく
その話を聞いたら嬉しくなった。
Bさんは私との再会を喜び
近況をお互いに報告し合った。
朗らかで明るく、会話が大好きなBさん。
Bさんは変わらないなぁ…相変わらずだなぁ…
と、癒された。
だが
Bさんのご両親からは
Bさんに機能低下があり、自分達の老後や今後が不安なことを口にしたり、前職に私に戻ってきてほしい話があった。
「ねぇともかさん…戻ってきちゃいなよ♪」
Bさんの母親はこそっと耳打ちした。
「うちの子も私達も他の保護者も…みんな、ともかさんが戻ってくる日を待ってる♪ともかさんじゃなきゃ、ダメなのよ。」
………。
今日来てくれた元同僚曰く、私は変わらない様子らしい。
利用者との関わり方や仕事ぶりは昔を彷彿させた、と。
活き活きして見えたようだ。
もしBさんの両親の目にも同じように見えていたなら
転職した私になおこの言葉を伝えた意味を考えると
涙が込み上げた。
私に前の職場に戻ってきてほしいことを
Bさん母親は明るく冗談っぽく言ってきたけれど
Bさん父親は真面目に真っ直ぐに伝えてきた。
その言葉は本気な気がした。
前の職場で、この前大きな動きがあった。
それはイベント販売時に再会した元職場関係者が全員私に伝えてくれたからよく知っている。
それは革命であり
予想では施設は更に悪い方向に進む。
だからこそ
みんなは私に尚更戻ってほしいのだろう。
悪化を防ぐ為には
11年事業責任者を勤め上げた私の力が必要だし
自惚れるなら
私の人柄を受け入れてくれて、また毎日一緒に過ごしたいし
子どもを私に託したいのだ。
保護者の方々は高齢であり
親亡き後の子どもが心配なのだ。
Bさんの母親は、私が退職した後も何度か連絡をくださったし、退職後も会って話をしたことがある。
「また連絡するわね!」
Bさんの母親は朗らかに去っていき
私も笑顔で挨拶し
頭を下げた。
前の職場に戻る、か…。
利用者や保護者や同僚の一部はそれを本気で望んでくれているようだし
それはありがたいけれど
人事異動を命じた直属上司は今何を考えているのだろうな。
そこまで考え
私は頭を切り替えて
今の職場の同僚や利用者と
再び販売の仕事に専念した。
立ちっぱなしの販売や暑さに利用者が疲れだした頃
今度は私の母親が差し入れを持ってやってきた。
「これ、皆さんで飲んでください。」
暑い日の販売時は
冷たいスポーツドリンクの差し入れがありがたかった。
母がお店に遊びに来た時は
たまたま保護者も来ていたので
挨拶をし
みんなで話した。
「真咲さんとお母さん、そっくりですね!」
「見た目は全く似てないですよ~!」
「明るさやノリがそっくり(笑)」
保護者が笑う。
利用者だけでなく、長時間の販売に職員も疲れていたが
こうして談笑したり
色々な方が買いに来てくれると
疲れが和らぐ。
「うちの子は真咲さんによくしていただいていて、いつも本当にお世話になっています。
いい人が来てくれて(入職してくれて)ありがたいです。」
保護者の方は母親にそう言ったらしく
母は喜んでいた。
「いい保護者じゃない。同僚の方とも話したけど、優しくて人柄の良さが滲み出ていたし、利用者の方も一所懸命販売していたわね。
いい職場じゃない。
ともかが働いているのは初めて見たけど、活き活き楽しそうにしていたからよかったわ。」
帰宅後、母はそんな風に言っていた。
その日、イベント来場者は少なかったものの
売上自体は非常に高く
私は施設長から労われ、喜ばれた。
一般のお客様もたくさん来たし
買ってくれたけれど
いつも前職関係者がたくさん買ってくれて
売上協力してくれることは
私が誰より一番知っている。
私が販売出勤する日の売上は
毎月、その月で一日あたりの一番の売上であり
年間通しても、上位の売上だった。
なんやかんや言いながらも
転職先では半年の月日が流れた。
新しい仕事を覚えたり
新しい仕事を任されたり
新しい製品の開発をしたりと
そんな事の積み重ねで
今年は終わってしまいそうな気がする。
転職活動中
前職関係者に会いたくてたまらなかったのに
結果的には
転職してから再会を果たしている。
そして
愛してやまない人達から
前の職場に戻ってきてほしいと言われる。
………心は複雑だ。
私の今の思いとしては
今の職場でやるだけやってみたい。
もう少し頑張ってみたい。
今の職場で頑張りつつ
コロナが明けたら
月一回くらい
元職場でボランティアをしたい。
前の職場の人達との再会や彼等への思いこそが
今の私の原動力なのは確かだが
以前のようにまたバリバリあそこで働きたいかと言われたら
気持ちは複雑でハッキリとは決まらないのだ。
退職届を出すというのはそういうことだ。
いつかまた環境や状況が変われば気持ちは変わるかもしれないし
人事権のある人から直接連絡があれば話は別だが
今はただ
私は私の選択した道を歩いていく。
転職先で働いていく。
また来月も再来月もイベント販売の予定がある。
今度は誰に再会できるかな。
今は新商品開発を日々している。
それは大変だけど
やりがいでもある。
次の販売時には新商品を携えて
販売をまた頑張りたい。
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