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食べにくいバナナ様

私が高校二年生の頃、授業の一環でマナー講座があった。
フランス料理の食べ方である。

 
 
フランス料理といったら、大人の象徴だ。

メイクをして、髪をアップにするか、ゆるふわのパーマをかけ
パールか小粒ダイヤのような品のあるネックレスとイヤリングをするのだ。
ワンピースとロングドレスの中間の
ややフォーマルなドレスを着る。
色はワインレッドかターコイズブルーだろうか。
足元はラメ入りか装飾のほどこされたハイヒール。
冬なら首元にはファーをつけるのだろうか。
マフラーじゃないよな。やはりファーだ。
コートはロングコートで品のあるベージュか黒で決まりだ。

 
男性はBMWか何かの高級車に乗っていて
家(職場?)まで迎えに来てくれたので、女性は助手席に乗る。
エスコートされて席に着く。
男性はアルマーニか何かのスーツだろうか。
品のあるスーツだろう。
彼は指をパチンッと慣らしてソムリエを呼ぶ。
彼女は初めて来たが、彼は常連なのだ。
慣れた様子で高級ワインを注文する。
彼はお金持ちで実業家か何かで
彼女と付き合っているというよりは
気があり、口説いている。
いや、プロポーズか、もしくは結婚前提に付き合ってくださいと告白するのだ。
ダイヤの指輪や真紅のバラの花束くらい用意してあるだろう。
スマートに、大人の余裕や笑みを見せつけるに違いない。

 
 
「フランス料理といったら、そんなイメージじゃない?キャーッ!そんな未来の予行演習かしら(≧∇≦)」

と私が妄想をベラベラ話すと

 
「ともかは夢見過ぎ(笑)」

と友達が呆れながら笑う。

 
まぁ大体いつもこんなパターンだ。
私の妄想バリエーションは豊かであり、夢や理想は山ほどにあった。
 
 
 
 
マナー講座は、某ホテルを貸しきって行われた。
確か現地集合だったと思う。
自転車で友達と向かったはずだ。

 
私は高校生の正装である制服を着用した。
タイツとローファーの組み合わせはほのかに品を感じる。
メイクはせず、せいぜいあぶらとり紙で余計な脂を拭き取り、口元にリップを塗ったくらいだ。
黒の髪の毛は縮毛矯正により、不自然なくらいの真っ直ぐさを醸し出していた。
メガネはフランス料理にはそぐわない気がするが、見えないのだから仕方ない。
マナー講座のためだけにコンタクトデビューはバカげている。

  
ホテルの中に入ると高価そうなシャンデリアや真紅のカーペットが目立ち
私は空気に飲まれそうになった。
さすが私立だ。
マナー講座がホテルであるなんて私立らしい。

 
案内されるままにマナー講座が行われる部屋へ颯爽と移動……
できるわけもなく、ウロウロキョロキョロ落ち着かない様子で私はホテル内を見回し
田舎娘丸出しな様子で席に着いた。
好奇心旺盛で隠し事ができないことが
私の長所で短所だ。

 
噂に聞いていたように、銀色のスプーンやフォークが左右に並んでいた。
中央にはクロスがあったと思う。
まさにこの雰囲気はトレビアーンなおフランスだ。
前菜から始まるコース料理だ。
スプーンやナイフは外側から順に使っていけばいいくらいは知っていたので
そこあたりは安心だ。
ちなみにそれは漫画で得た知識だ。
私は漫画に育てられたようなものだし、私の雑学や妄想や諸々は大抵漫画先生による指導の賜物である。

 
スープを飲むくらいは簡単だと思ったが
残量が少なくなったら左手でお皿を持ち
スプーンを手前から奥に動かしてすくうように指導された。

え?手前から奥?
奥から手前じゃなくて??

食べにくい。
優雅に食べるとはこんなに食べにくいのか。
オホホと優雅に微笑む余裕はなく
やけに顔は必死で、お皿を持つ左手もスプーンを持つ右手にも力が入った。
マナー講座が始まって二皿目のスープで私は早くも苦戦した。
 
 
だが、パンやメインの料理はそれほど難しくはなかった。
一口大にちぎったり、一口大にカットして口にいれればいい。

ふふん、スープには苦戦したかもしれないけどね
私だってこの辺ぐらいならできるのよオホホ!

 
フッ………口元を優雅に拭けば品があるように見える。 
自分に酔い出した私に残されたものは、あとはデザートのみ!
さぁ、いらっしゃい!!

 
デデンッ!
 
 
私達の前に置かれたデザート皿には、立派なバナナが一本乗っていた。

 
……。

 
……………。

 
…………………………。

 
 
バナナー( ̄□ ̄;)!!

  
いや、ちょ、待って!?
なんでバナナ!?なんでバナナ!?
いや、出ないだろ、バナナ!?
フランス料理屋にバナナまるごと一本は出ないだろ!?
いっそ、バナナを皮付きで出すなら、いっそまるごとバナナ(山﨑パン)出そうよ!?
え!?なんでバナナ!?

バ、バナナ……………?

 
私は動揺した。
何度見てもバナナだ。
お皿にバナナが一本乗っている。

 
どうやら先生によると、バナナは両サイドをナイフで切り
皮をナイフとフォークで押さえながら裂き
バナナを一口大にカットし  
カットしたものをフォークで刺して食べるという。

 
え、えぇぇぇぇぇえ( ̄□ ̄;)!!

 
ちょ、待って!?
バナナだよ!?あの食卓にある、一房100円弱のバナナだよ!?
利き手じゃない手でバナナを握り、利き手でバナナの皮を上から下に5回ぐらいに分けてムキムキするのがバナナの食べ方じゃないの!?
あれが正式じゃないの!?
遠足のおやつに入るとか入らないとか、そういういじり方をされるバナナが
何をかしこまってお皿に置かれてるの!?

 
色々なツッコミが浮かんだが、無駄口は許されない。
バナナ様を食べなければ。

 
しかし……バナナは非常に剥きにくかった。
手で剥いてしまえば容易いのに
ナイフとフォークを使うことで皮剥きを明らかに難しくしている。
もはやこれは退化だ。
手でやれば容易い皮剥きに、真剣にムキになる私達に優雅さの欠片もない。
もはや滑稽だった。

せめてメロンならまた違かった。
メロンならまだ出たかもしれない。
品良く食べるやり方の一つや二つ学んでおいても損はないだろう。

だが、バナナはないだろ、バナナは。

 
 
こうして私の人生初めてのマナー講座は、あえてバナナ様を難しく食べるという滑稽さで幕を閉じた。

 
 
 
 
 
それから7年後のクリスマス。

私は彼氏と神戸のレストランにいた。
フランス料理である。
彼は高いコートに私の手編みのマフラーをつけて、スーツではないが、品の良い格好をしていた。
医者である。
クリスマスに高級フレンチが似合う。
 
私はドレスではないが、この日の為に買ったグレイのワンピースにブーツといった格好で
クリスマスに彼からもらった指輪を光らせた。

  
高級な車に乗らず、電車で移動して徒歩で店まで来たが
店の周りはイルミネーションがキレイで
恋人達が幸せそうに歩いていた。

 
彼はソムリエを呼び、オススメのワインを頼む。
赤ワインで乾杯をし、豪華なスペシャルディナーを堪能した。
あの日、マナー講座の時は比較的質素な料理だったが
今日は比べ物にならないくらいゴージャスな料理の数々だった。

 
あの日、私が思い浮かべたフランス料理を食べる男女のイメージとは違かったけれど
美味しい料理だけでなく
豪華なクリスマスプレゼントをもらい
お店からもプレゼントをもらった。
目の前には穏やかな彼氏がいて
幸せで特別な夜で
私はリア充で幸せだと思った。

  
こんな風に私を女性というかレディ扱いし
フランス料理を予約して喜ばせてくれたのは
彼が初めてだった。
人生初めての、豪華な大人のディナーだった。

 
 
 
 
 
あれからもう、フランス料理フルコースをデートで食べに行ったことはないが 
パーティーや結婚式に呼ばれると
大抵コース料理となった。

ドレスで着飾った私は
ナイフとフォークを外側から使い
順々に食べていく。

 
まだフランス料理やコース料理を20回も食べたことはないが
バナナをナイフとフォークで食べたのは
あの授業一回きりだ。


  

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