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ビロードの掟 第21夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の二十二番目の物語です。
◆前回の物語
第四章 在りし日の思い出(6)
「なんかそのエピソードは姉らしいですね。どこか哲学的というか、言葉が適切かわからないですけどロマンチストというか」
「そうですね、振り返ると優里は常に何か考えていた気がしますね」
話が止まると、どこからかコチコチと音がする。周りを見渡してみると、壁に年季の入った古時計が立てかけられていた。いったいあの時計は、これまでどれくらいの時を刻んだのだろうか。
優奈の今日の服装は、手首まで包まれた黒のブラウスとチェックのミニスカートという出立ちだった。まだ外は気温が高いに、長袖とは暑くないのだろうか。先日彼女が着ていた真紅のワンピースのことを思い出す。
「それにしても先日優奈さんが来ていた服って、あれってどちらかというと結婚式で着ている人がいてもおかしくないような衣装ですよね。やけに華やかな気がしたんですけど、なんで優里はいなくなる時にベッドの上にワンピースを置いて消えてしまったんですかね」
凛太郎が優奈に対して質問した折、ほんの一瞬だが彼女の表情に暗い影が差したような気がした。彼女が顎を軽く引くと、前髪が少し垂れた。
「あれは、優里の勝負服だったんです」
「勝負服?」
「はい、そうです。あのワンピース、ビロードの生地でできているんです。男性にはなかなかわからないかもしれませんが、シルク素材でそれなりに値の張るものです」
彼女の前にはいつの間にかアイスコーヒーが置かれていた。ストローから、透き通った黒い液体がスルスルと吸い上げられていく。
「彼女は確か4年前くらいだったかな、突然その高価なワンピースを購入しました。それまで少し塞ぎ込んでいた様子だったのですが、そのワンピースを買って以来少しずつ姉は元の姉に戻って行きました」
4年前というと、ちょうど優里と凛太郎が別れたくらいのタイミングだった。凛太郎としてもあの頃、ショックすぎてしばらく立ち直ることができなかった。何かこう、胸の奥にある大切なものの一部が切り取られてしまった感覚。
「一見マイペースに見えるけれど、芯のある彼女に。そしてこれだ、という日──例えば友人の結婚式や大切な人と会う時──には必ず姉はその服を着て行きました。わかりやすい性格ですよね」
彼女のその時の心情が手にとるようにわかったような気がした。凛太郎自身も同じような感情を抱えていた。
水の中に入れられてうまく呼吸ができない感じに似ている。水面から顔を出そうと必死にもがき続けた。この世の全てがくだらない、瑣末なものに見えてしまうのだった。
もう、他の人のことを気にかけてあげるほどの余裕もなくて。だから、あの出来事はきっと起こるべくして起こったようにも思う。
「服を着ている瞬間、彼女はいつものどこか一歩引いた感じではなくなって不思議と自信が満ち溢れた感じになるんです。姉はもしかしたらビロードのワンピースを着ることによって、自分ではないもうひとりの自分になることができていたのかもしれません」
「なるほど……。もう一人の自分ですか」
凛太郎はなんとなく優奈が言わんとしていることがわかるような気がした。たぶん自己暗示に近いものなのかもしれない。身なりを整えるだけで、周りの目が気にならなくなる。
再びあの日の優里の姿や仕草を思い出そうとした。確かに彼女はいつもより少し積極的である印象を受けた。あれは彼女と会わなかった間に起こった出来事が彼女をそうさせたのかもしれないと思ったけれど、もしかしたらそれだけではなかったのかもしれない。
「そういえば、代わりに僕の知らない優里のエピソードを何か教えてもらえませんか?」
「あ、覚えてらっしゃいましたか」優奈はまるで悪戯を見つかったかのような表情に変わる。
今度は彼女が自分の姉について訥々と話し始める番だった。
店内は、半分以上の席が埋まっており皆思い思いに顔を合わせて話をしている。彼らは彼らの時間を、過ごしているに違いなかった。
<第22夜へ続く>
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