木を植えるということ
およそ1年半前、新築一戸建てを建てていただいた。
工務店を探し始めたころ、庭の計画はほとんど蚊帳の外で、手入れも面倒だし玄関前にシンボルツリーなるものを1本植えれば良いかな、というくらいにしか考えていなかった。
ところが、今、わが家の庭には大小20本以上の草木が植えられている。そして春と秋のハイシーズンには、近くの庭木屋さんに毎週末のように繰り出しては狭いスペースに次々に植栽している。これは一体どういうことなのだろうか。僕の身にどんな変化があったのだろう。振り返ってみる。
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わが家に植わっている木をいくつか列挙する。
アオダモ / ジューンベリー / エゴノキ / 常緑ヤマボウシ / ハナミズキ / タイサンボクリトルジェム / ソヨゴ
このあたりがわが家の庭では高木にあたる樹木たち。そして高木の足元を飾る低木類には
シャリンバイ / ヤマアジサイ / マホニアコンフューサ / ミヤマシキミ / カクレミノ / ミツバツツジ / クロモジ
など。ヤマアジサイ、ミツバツツジ、クロモジ以外は外構屋さんに植えていただいた木々たちだ。そして、鉢植えに園芸種の紫陽花と150cmほどのオリーブミッション。それからアロエ。
地際には、
フッキソウ / ギボウシ / ヤブラン / シラン / アガパンサス / オニヤブソテツ / フウチソウ / ベニシダ / ツワブキ / リュウノヒゲ / コクリュウ
などが植えてあり、この辺は自ら園芸店で購入して植え付けたものがほとんどだ。
道路際のゴロ石コーナーには多肉植物を地植えしてあり、雨ざらし&直射日光が照りつける過酷な環境下にも耐えられるものだけが生き残っている。東側の庭には10平米程度ではあるが高麗芝を自分で敷き、その角にラベンダーやタイムといったハーブも少々植えてつけてある。
よくもまぁ1年半でこれだけ植えたなと自分でも驚く。しかも大して広い庭でもないのに、だ。どうしてこんなことになっているのかというと、家を建てていただいている間に、僕の考え方が大きく変化したためだ。
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僕が家を建てる際、一つの哲学を作った。幸せに暮らせる家はどんな家だろうと考えたとき、「幸せ」の土台になる最も重要なものは、地球環境だと思い至ったのだった。僕たちは地球に暮らしている以上、地球環境が悪化してしまえば、幸せな暮らしの実現は困難になる。だからなるべく環境に配慮した家を建てなければいけないと考えたのだった。
僕の考えにマッチする工務店を探し出し、プランを考え、そしていよいよ工事が始まった。現場を見に行くと、少しずつ出来上がっていくわが家に対する高揚感と一緒に、何故か後ろめたさを感じた。それは、その土地に棲んでいた生物たちに対する後ろめたさだった。
家を建てるということは、もともとその土地にあった生態系を壊すということだ。
生えていた木々を切り、草を刈り、砂利を敷き詰め、押し固め、コンクリートで基礎を作る。この時点で、その土地の生態系はほとんどまっさらになるのではないだろうか。更に駐車場をモルタルで仕上げれば、もともとあった土地の7割程度は、人工物で固められてしまうことになる。
いくら環境に配慮したウワモノを建てても、そこにあった生態系を取り戻すことはできない。自然素材を使って、省エネで、長持ちする家を建てて、それで終わりにして良いのだろうかと、疑問に思ったのだ。
だから僕は、木を植えようと思った。僕の勝手な都合で壊してしまった生態系を、少しでも元に戻そう。庭に、小さな生き物たちの住処を取り戻そうと。
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僕は生物学には全く明るくないが、生態系が出来上がっていくとき、最初に必要なのは植物なのではないかと思う。植物は、土と、水と、太陽光があれば育つことができる。だからまずは木を植えることにした。落葉樹と常緑樹を織り交ぜ、春には新芽が芽吹き、花が咲き、夏は太陽光を遮り、セミたちの居場所となり、秋には紅葉が目を楽しませてくれる。冬枯れの枝も美しいと思うようになったのは、新居で暮らし始めてからだ。
庭で最初に発見した小動物は、ダンゴムシやミミズやヤスデといった、分解者たちだった。彼らは枯れ葉を分解し、土を耕し、より大型の生物の餌となる。だから彼らにとって住心地の良い環境を整えることにした。
土がむき出しだった地面を、ホームセンターで買ってきた腐葉土で覆った。日陰の少なかった地際に低木や多年草を植え、日射を緩和した。
1年目は、ジューンベリーの弱った枝にイラガの幼虫が大量発生した。移植直後で、抵抗力が弱っていたのかもしれない。なるべく殺虫剤は使わず、捕殺で対処した。
2年目になると、より大型の小動物たちを目にするようになってきた。ニホントカゲやアマガエル、昆虫でいうとコオロギや小さなバッタ、カマキリも見かけた。相変わらずジューンベリーには毛虫が付きやすいが、1年目よりは少ないように思う。おそらく、木々の勢力や、虫たちのバランスが保たれないうちは、こうした大発生が起こるのではないかと考えている。
こうして少しずつ庭に生き物が増えてくると、娘たちも楽しそうに観察するようになってくる。もちろんダンゴムシは大好きな娘らであるが、トカゲを追いかけてみたり、恐る恐るカエルに触ってみたり、芝に生えたきのこを踏んづけてみたり、小さな庭も、彼女らの好奇心を刺激しているようだ。これも、庭に木々を植えたからこその楽しみだと思っている。
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そろそろ今年も涼しくなってきて、庭仕事が捗る季節が近づいてきた。大きな木を植えるスペースはほとんど残されていないけれど、木々の足元にはまだ幾許かの隙間がある。どんな植物を植えようか、どうすればもっと生き物が遊びに来てくれるだろうか。そんなことを考えながら、庭を眺める時間がとても楽しい。
木を植えることで、今まで知らなかったたくさんの驚きと出会えた。そしてたくさんの恵みを受けとった。
まだまだ発展途上だけれど、わが家の小さな生態系は今日も少しずつ進化している。家を建てることで壊してしまった生き物たちの世界を、ちょっとでも取り戻せたら。そう願い、僕は今年も木を植える。