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シン・仮面ライダーOMITシーン感想…作品にハサミを入れる勇気の記録

昨日に引き続き、シン・仮面ライダーBlu-rayの映像特典からオミットシーンの感想を述べます。

「総尺1時間30分を超える57本の映像」、映画の円盤に未公開シーンが入っているのはよくありますが、ここまでの量はなかなか無いでしょう。この情報が告知されてから、「映画がもう一本入っているレベル」とはよく言われたものです。
これも、各話フォーマット版と併せて一緒に観るべ~と、決めてあったシロモノだったんですね。

全てが必要、ながら切られたシーンの群れ

昨年、映画の公開後にドキュメンタリーがNHKで放送され、番組内で見たこともないシーンが撮影されているのが話題になりました。
今回のオミットシーン集はそれも含めて、
「こんなシーンも撮っていた、またこれが劇場で流れる可能性もあった」
という、「もう一つのシン仮面ライダー」を覗けるものになっています。
大きく分けると二種類あり、

①完パケにも存在するシーンの、本編に入らなかった台詞、会話
②シーン自体が別のものに替わり、今回完全な初見になるもの

この2つですね。
②は特に象徴的なのが大量発生型相変異バッタオーグとの戦闘です。雨の中バイクで第1号が向き合う、原作漫画版準拠のシーンから廃工場?的な場所でダブルライダーとの肉弾戦が撮影されていたようです。

この画は、これでとても良いものなので惜しいですね

あとはラストバトルで、イチローが仕掛けた落とし穴(その下でプラーナを吸い取られる仕組み)に落ちる場面もあったようです。先日のトークショーで庵野監督が仰っていましたが、大方のカットの理由は「長いから」だったみたいですね。
他にも様々な都合があって現在の形になったのでしょうが、私個人として考えさせられたのは①のほうなんですね…映画本編に入らなかった台詞たちです。先にSNSで公開されていたものもあります、ハチオーグのアジトでヒロミが語るトオルの話や、決戦に赴く本郷に対しオーグメントの宿命を呟く一文字、などです。その他にも設定の解説な側面を持った台詞、会話が数多くありました。なので、カットされたシーンに「ここは要らない」というものはほぼ無く、「ギリギリ伝わるライン」を目指して削っていったんだろうな、と編集作業の難しさを感じさせるシーン集でした。

トオルの話は不要、のように思えて実はヒロミがルリ子に執着する一因を仄めかしています
それだけ長く共に過ごした時間を持つ間柄なことを示唆しているからです
真横にいるのに電話で話すような関係性です(違う)

物語における「台詞」を書くのは、脚本家の仕事です。ここには明確に上手い、下手の技量が表れるんですね。そして、台詞の役割は主に3つあり…

・設定、状況の説明
・キャラクター表現
・場面を進行させるスイッチ

全ての台詞が、この3つのどれかを果たすか、複合していなければなりません。それが無い台詞は無駄ということになります。
一方で、特に映像作品においては視覚で認知する部分も多いのであまり台詞がでしゃばってもいけません、ラジオドラマや舞台など、台詞の比重が変わるものでは話が変わりますが。
そしてこの観点からいえば、シン仮面ライダーでカットされた台詞に無駄なものはありません。が、観客の視点だとクドいものが消された格好だといえるんですね。ですが…これも正解はないので、実はあった方が良かった、という台詞もいくらか存在します。
そんな事を考えていると、この映画の弱点に気付くことができました、あくまでも私の主観ではあるのですが…ズバリ、

「プラーナにまつわる説明が足りていない」んですね。

私は昨年から基本的にこの映画の事を褒めちぎってきましたが、ここで初めて苦言を呈します。よく「人を選ぶ作品」と評される「万人に受け得ない部分」として、独自設定の説明不足があるのでは…と感じたんですね。

ショッカー構成員はプラーナによって生体部品を維持しており、使い切ると融解してしまう。

これは、序盤にルリ子さんが説明しているのですがこれについてもっと具体的な情報があれば、ラストに向けての盛り上がりに繋がったと思います。プラーナが残り少なくなるとどうなるのか、どのくらいのタイミングで生命維持が危機に陥るのか。これらが見た目でもっと分かりやすくなっていれば画面に切迫感が出たでしょうし、本郷、イチローの最期がより劇的になったと思うんですね。
人間、たとえば怪我や病気で命を失くすとなれば、死の間際息も絶え絶え、もう体が一ミリも動かせない、そんな状況になればこそ死を感じるとは思いませんか。
今作、シン仮面ライダーの描写では、疲れると泡になってしまう、みたいに見えてしまいます。ならばプラーナが切れる、切れそうな時に何かしらの兆候を見せて欲しかった。それこそが観客に感情移入を促す「情報」だったのにな、と少し残念な気持ちになった…それが、このオミットシーン集の感想でした。

賛否両論あるラストバトルですが、私は「ただのケンカ感」にリアルさを感じて
気に入っています。だからこそ、二人が死に近づいている「何か」があれば
より多くの観客が共感できたのではないかと思ったんですね

映画における「カット」は当たり前

昨年のドキュメンタリーで、過酷な撮影現場の模様が明らかになった上で全く使われなかったシーンがあることが監督への非難へ…という一幕がネット上で繰り広げられました。
ですが、これは言ってしまえばシン・シリーズへの期待の大きさの裏返しでもあったのでは、と今ならば思えます。というか、映画において撮影された映像から実際に使われるものは一部分、なのが当たり前です。
冒頭で「オミットシーンで映画一本分」と書きましたがどれも映画の本筋とは違わないものばかりで、未公開シーンを繋いでも結局ほぼ同じ映画になることは確認出来ました。つまり、出演者やスタッフに徒労を強いていたわけではないんですね。

そして基本的にカットするのは、作品をより良くするためです、これも忘れてはいけません。
一例を挙げますと…

このシーンだけでピンと来れば、日本映画通です

黒澤明監督「七人の侍」のラストシーン、脚本では島田勘兵衛の
「百姓達は、土地と共に生きる!」
という台詞でエンドマークが付いていました。
ですが実際の作品ではこれは無く、その前段階の
「勝ったのはあの百姓達だ。わし達ではない」
で、この4人の墓を映して終わっています。

脚本にあった台詞が削られているわけですが、これは英断だと思います。
百姓を讃えるより、仲間を失った悲壮感で強い余韻の残るラストになっているからです。やはり、実際に撮影する段階で初めて判る空気感などがあり、こういった変更を重ねていくのだと思うんですね。

少し話がズレましたが、一本の映画に作り手の魂が籠っていることと、正解のない問題に挑み最適解を探す難しさ、大変さを感じた…そんな、シン仮面ライダーの未公開シーン感想でした。

余談ですがOMITシーン、編集日時が大半、2022年11月20日になってました
今年のこの日に円盤発売したというのも、何か意図的なものがあるのかもしれません


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