第39回文学フリマ東京で売る本 製作日誌8
前回の日誌から日にちが空いてしまったが、本の制作作業は進めている。妻とは数回の小競り合いが起こった。
妻は本をどうしても100部作りたがった。私は「そんなに作っても売れないって、せいぜい50冊くらいだろう」と言う。妻は、「いや、100部作った方がいい」と言う。私は反対した。妻は「100部作らないならこの本は作らなくていい」と言う。「100部作り、それを全て文フリに持ってゆく、そして、全部売れるまでは家に帰らない」と私は言った。
私は、本作りのため、インデザインのサブスクを申し込んだ。20年くらい前に学生の頃に作った本のデータがハードディスクに残っている。もしかしたら、開けるのではないか、と思い、クリックしたら開けた。ゼミで作った本だった。
当時、設定したフォントは今のPCには入っていなかったので、フォントは置き換わり、全面薄ピンク色になっていたが、当時のレイアウト、文章が残っていた。
クォークで作ったデータは開けなかった。黒いアイコンで左上にexceと書いてある。墓のような、もう読み取ることができない失われた記憶のような佇まい、モノリス化してしまったように感じた。
クォークは、ボックスを消す時に、conand option shift Kを同時に押すと、ロボットみたいなのがやってきて光線銃でボックスを七色にして消すというイースターエッグがある。
参考
QuarkXPress Easter Egg
当時、私は、デザイン事務所で働いていた年上の従姉妹からそのことを教えてもらった。実際に試してみるとその通りのことが起こったので、これは面白いと、後日、友人にそのことを言ったが信じてもらえなかった。当時の私は冗談や変わったことばかり言っていたので、これもその一つかと思われ、なかなか信用されなかった。
パソコン室に連れて行き、実際にそれを見せたら、友人は心底驚いていた。そして、それからあたかも自分の知識のように、得意げに色々な人に披露していた。その最中に私と鉢合わせをした時などは、少しばつが悪そうにしていた。彼はきっとそんなことはもう覚えていないだろうが、私は覚えている。私は記憶力がいいのだ。
息子は私と妻の本作りに感化され、『オピ大仏星人の話』という小話を手書きで書き始めたが、途中で飽きて辞めた。私は書き続けることの大切さを伝えた、それは私自身ができなかったことだ。