【連載小説】ミーム
【プロローグ】
「VU--VANVAN !(ヴーヴァンヴァンヴァン)」
訳 全ての生産的価値がAI に代替された後の世界で、歯の浮くような綺麗事でも無ければ、全ての人間に対してタンパク質で構成された出来の悪い計算機以上の価値を見出すことは出来ない。
AI によって全ての行動が最適化された多様性に乏しい人類に、もはやアイデンティティという概念は存在しない。私の様な、犬の体内で培養された臓器を移植されて犬語しか話せなくなった人間でもない限りは。
「VU--VANVAN !(ヴーヴァンヴァンヴァン)」
訳 私の作成したミームコイン柴犬(SIVA)コインへの投資は、アイデンティティ喪失に苦しむ底の無い虚無感に対する唯一の逃避地であり、精神的な空白を埋めるオーガニックな特効薬である。
彼等にとっては、破滅や死さえも、ここじゃ無いどこか(Somewhere not here)へ連れていってくれる希望でしかない。アルゴリズムに存在を透明化された者達の欲望をSIVAコインは全て満たしてくれる。アイデンティティの確保による自己肯定と、連帯感の強いコミニティに帰属しているという精神の安寧。
「VU--VANVAN !(ヴーヴァンヴァンヴァン)」
訳 SIVAコインの流通量をその1コイン辺りの価値で米ドルに換算すると、一京ドルを超える。机上の空論ではあるが、全てのSIVAコインを使えば余裕で世界に存在する全ての物質と売買契約を交わして有り余る程に、記号上の価値は肥大している。
勿論こんな事は単なる詭弁で、実態の無い価値を積み重ねているだけにすぎない。しかし、その形而上学的な数値は確かに存在している者達の膨れ上がった欲望を映し出している。
皆がその夢から覚めてしまえば、見かけ上の価値すらも暴落してしまう。絶え間ない上昇感による連帯と陶酔に浸り続ける為には、全体としての意思決定が、未知の領域へ進み続けるという選択を取らなければいけない。
何も感じ取れない闇に対する理性的な恐怖心に負けた人間の末路はもっと悲惨だ。費やした膨大な財産と時間に対する喪失感と何も為せない人生の長い虚無感に耐えながら生きてなければいけない。
「VU--VANVAN !(ヴーヴァンヴァンヴァン)」
訳 それは完全に意図された物であり、従来の愚かさとは無縁だ。精密なメタ認識で合理的に選択されたメンタルケアなのだから。
【プロローグ2】
「それでさぁっ、つまりあの選挙は悪魔崇拝者と、圧倒的ジャスティスの戦いだったんだよね!えーと、まぁ流石にここまでは理解出来てるよね?」
「つまりっ!悪魔崇拝者はロリコンってことですか!?」
「おっついに分かってきたじゃん。そうだよね。悪魔崇拝者を見分ける一つの方法として、ロリコンかどうか確かめるっていうのは超ベリーグッドな観点だ。ナイスセンス!」
「でもそれって凄く難しいですよね。子供がいない環境でしか対面しない人だと悪魔崇拝者を見破れないです。それに奴等は凄く演技が上手いから、僕も新垣(にいがき)さんに教えて貰うまでは、ずっと騙されてましたし。」
「ハハッいや佐村くん。過度な謙遜は凡人達に失礼だよ。言っとくけど、普通の人は目覚める事すら出来ないからね。それにしても筋がいいな。前に応用編で勉強した事しっかり覚えてるね。奴等は3Dプリンターで人間の皮膚を再現したゴムマスクを着けるから、表情でロリコンを見破るのは現実的にベリーディフィカルトだって事だよね。うん、だからこそ小さなサインを見逃さない事が大事だね。偶然って奴はそう何度も重ならない。三回重なったらそいつはダウト。疑惑は確信に変わる、そいつは悪魔崇拝者だってね。」
「うわぁ難しいなぁ。これからそのサインを沢山覚えて見逃さない様にしなきゃ。」
新垣が、佐村の顔面スレスレで強く手を打ちつけパチンと乾いた大きな音が鳴らして叫ぶ。
「でも、そろそろネクストレベルにウェイク・アップ!」
「うわぁ!ビックリした、いきなり辞めてくださいよ。何なんですか?ネクストレベルって。」
新垣は直ぐに答えない。暫くの間虚な目をしながら、黙々とパサついた長髪をゴムで束ねる作業に取り組んでいる。そしてたっぷり間を開けた後に、ゆったりとした口調で返答する。
「うん………………。逆にぃ……何だと思う?」
「えっ分かんないです。見当も付かなくて。何なんですか?」
「ハイ、人に聞かない。ダークウェブで調べる!思考停止して、直ぐに分かんないって言うの今後一生禁止ね。」
「はい!」