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学校は不条理の海(あるいは太陽や雨)なのかもしれない。知らんけど、
毎日、出勤で通る道に高校がある。
最近、この道を通ると運動会の練習をしていることが多くて、それを横目で眺めていると正直「このクソ暑い中で、運動会なんてやめちまえよ、怠ぃだけだろ」と思ってます。
こういう行事ごとを頑張ってる方々には悪いと思いますし、この感情に反感を抱く方がいらっしゃるのは重々承知ですが、実際に中高でやってた運動会とか、個人的には全然楽しくなかったし、やらされてる感は半端なかったですね。
自分から進んでやると決めたスポーツや物事だと全然問題なく頑張れるんですが、決まり事で強制されるのは幼い頃からダメでしたね。
ただ先生とか、先生の配下のまじめな連中とモメるのも面倒臭いので、上手くそれなりの良い子をやりながら、面倒は交わしてましたケド。
僕が一番不思議だったのは中三の時、クラスのヒエラルキーでは割と上位にいるタイプで、ヤンキーとかとつるんで遊んでるギャル系の女子Tさんが、中学生活最後の運動会だけ熱血青春女子に変貌し、応援団長的なことやりだして「最後だから、みんな協力して―!」だとか「みんなで、想い出作ろー!」とか言い始めたことですね。
つい先週までは、クラスの暗い奴とかを吊るし上げて、いじめてた奴が、いきなり青春糞野郎かよ。って思いましたし、「何だこのババア、気持ち悪すぎんだろ」って感じでしたね。クソ胸糞悪かったです。(←これワンセンテンスに糞が二つあって、良いですね!流行語大賞狙って、みんな使ってー!想い出作ろー!)
まぁ、そんな個人的な“想い出”は置いといて、今朝の出勤中、その高校の傍を通ると、どうやら運動会本番で、親や家族が学校に集まってワイワイ楽しそうに運動会を観てましたよ。
で、この光景を見て初めて「ああ、運動会って親のもんなんだな」と思いましたよ。
葬式だって、故人が主役かもですが、本質的には残された者たちの儀式っていうじゃないですか。それと同じで、運動会は子供の肉体的な成長を親達が見て「あんなに小さかった子が、今はこんなに大きく、丈夫になってぇ(感涙)」みたいな感じで、感慨に耽って、祝うという儀式なんですよ。
たぶん、こんなこと色んな人が気づいてるだろうし、言ってることだと思いますが、自分で実感するってのは大事というか、納得感が違いますね。
で!、ですよ。僕が思ったのは、こんなにもクソ面倒くさい学校行事の中にも、ぶっちゃけ気の乗らない生徒や、ボイコットやらストライキをしたくて堪らない子たちもいると思うんですよ。
で、こういった学校側の強制力の強いイベントって僕も含めて、気の乗らない連中からしたら間違いなく厄災なんですよね。
久しぶりに生の運動会を目の当たりにして、10代の頃の記憶がふつふつと蘇ってきましたが、こういう厄災イベントに対して「どうやって可能な限り頑張らず、また先公共に眼を付けられずに、終わりまでをシノぐのか」ってのが、ある種のテーマであり、ミッションだったなぁ~と思い出したわけです。
学校ってのは、個性が多種多様で千差万別な人間の子供に対して、無理矢理にでも教育の荒波の中に突っ込んで、時折、運動会だとか学園祭だとかいう行事と称した"不条理"を、平等に太陽の日差しや、恵みの雨の如く与えくれる(良い迷惑な)大海のです。
その中で上手く波に乗ったり、効率的に泳ぎ方を覚える連中もいれば、泳げはするがヘタな奴や、泳ぎはしないがプカプカ浮かんで佇んでいる奴がいたり、溺れ死にそうになって保健室送りになったり、ドロップアウトしてしまったりする者がいる。
要はそうした平等に注がれる不条理、不平等の中で、子供たちは自然にその環境と感性なりの"シノギ"を覚えさせられる場なのだということだ。
一応、世間が設けた正解じみた解答はあるけど、そんなのは学校から離れたら、途端に瓦解するだろうし、そのときには己の頭ひとつでどうにかしなきゃならないわけで、そうした世界の不条理のシミュレーターとして学校という装置が社会にあるんじゃなかろうか。
なんて事を、運動会をチラリと見た僕は考えたわけです。
たぶん真面目な教育者様たちは、この視点には異を唱える方が多いと思うが、子供の頃にこう考えられれば、少し気が楽になるような気がしました。
あの青春クソ野郎化したギャル女子のTさんだって、あれが中3の頭で考えた、あの瞬間のシノギ方だったんだろうな。そう思うと可愛げがあって良いなぁ。
なんて思いません。正直ダサいですが、まぁもうどうでもいいです。
そう、世の中の物事は「みんな違って、みんなどうでもいい」のですよ、割と……。
早くこの暑さが、治ってほしい今日このごろでございます。