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性加害はびこる業界への静かな反逆物語!?『アイ・ライク・ムービーズ』への一考

割引あり

 「明けましておめでとうございます」の言葉が遠退いてしまうほど、全くおめでたくないスキャンダルで迎えた2025年の日本の芸能界でありますが、そんな中、僕が今年の一発目に鑑賞した作品は、カナダ映画『アイ・ライク・ムービーズ』。

【あらすじ】
カナダの⽥舎町で暮らすローレンスは映画が⽣きがいの⾼校⽣。社交性がなく周囲の⼈々とうまく付き合えない彼の願いは、ニューヨーク⼤学でトッド・ソロンズから映画を学ぶこと。唯⼀の友達マットと毎⽇つるみながらも、⼤学で⽣活を⼀新することを夢⾒ている。 ローレンスは⾼額な学費を貯めるため、地元のビデオ店「Sequels」でアルバイトを始め、そこで、かつて⼥優を⽬指していた店⻑アラナなどさまざまな⼈と出会い、不思議な友情を育む。しかし、ローレンスは⾃分の将来に対する不安から、⼤事な⼈を決定的に傷つけてしまい……。

『アイ・ライク・ムービーズ』公式サイトより

 今作は巷で「映画好きの映画好きによる、ちょっとイタいけど、心に刺さる青春映画」という評判で、映画が好きであるが故に拗らせてしまったことがある人なら、どこかしら心当たりがあり、自責を禁じ得ない内容で、要約するとイタいティーンエイジャーの成長を描いた青春作品である。

 主人公の高校生・ローレンス君は、自らを「我、真のシネフィルなり」と言わんばかりの、傲慢な映画ヲタク視点で(他人にはクソどうでもいい)周囲へのマウンティングを恥ずかしげもなく表出し、“ティーンエイジャーで、夢のある自分”という「若い」こと以外は特権のない(しかしながら、それは素晴らしい特権なのだが)ポジショントークで、中年の生活を憐憫れんびんの眼で眺めたりして、その様はアラフォー真っ只中の自分としては「おどれ、そのへしゃげた顔を、さらに凹ましたろか! ボケ!」と、悪態を垂れて、ゴン詰めしたくなる気になってしまう。

 しかし、汚れた大人になった目線で彼を見る前に、彼の言動や世界を見る眼、価値観に対し、怒りの念を抱いているということは、反面その態度は、己のかつて歩いてきた道であり、過去の自分の映し鏡であるとも強く感じる。反語的にいえば、理解に通ずるからこそ、己の感情に火をつけられてしまうのである。

 思い返せば概ね十代のころは、コンプレックに蓋をして、他人を卑下し、浅い人生経験から、なんとかかき集めた微かな自信のようなものに必死にしがみつき、総じて愚かな選択と言動をしていた(多くの十代はそうではないだろうか?)ことを、今は恥じるばかりである。

 そんな自分からすれば、この物語の主人公ローレンス君へは、共感性周知がありつつも心を打つのだが、この映画は映画ヲタクの痛い青年の成長を描いたほろ苦い青春譚というだけではない。そこに隠された側面にあるのは、この日本でも昨今物議を醸している、芸能界での性加害問題である。

 今作を「映画好きの映画好きによる、ちょっとイタいけど、心に刺さる青春映画」という風に捉えるだけでは少し勿体ない。なぜならこの映画は、映画業界における、あらゆるハラスメントを強いる加害者と、それを受けてきた被害者の対決の映画だからだ。


 今作『アイ・ライク・ムービーズ』については、1/22の20時半からのYoutube配信でも行ってますので、そちらも見て頂けると幸いです。しかしながら、Youtubeは、二時間近くの長尺になるので、テキストでササッと読みたい場合は、この記事が最適かと思います。

愛する者との死と夢の国での性加害

 多感なティーンエイジャーであるなか、親友との関係も悪化し、卒業制作の「思い出映画」作りも頓挫し、バイトでも大失態をやらかす、ローレンス君。

 彼は我慢や妥協、協調性というものが欠けており、ある種の発達障害(たぶん、共感性パーソナリティー障害)を抱えているようにも見える。彼は感情が高ぶると癇癪かんしゃくを起し、すぐに他責思考になり周囲に罵声を浴びせる始末、正直かなり嫌な奴である。(僕は絶対友達になれないが、その拒絶ことが、自分の何かを映しているような気がしてくる。うぅ……)

©2022 VHS Forever Inc. All Rights Reserved.

 そんなローレンスは、父親を自殺により亡くしており、母と二人暮らしなのだが、その母親とも進路のことで衝突し、父であり夫である人を亡くしたという共通の痛みを持つ者同士でありながら、彼は母親へ決定的な悪態をつき、母親さえも深く傷つけてしまう。

 そんな彼と周囲の大人たちは、距離感をもって付き合いながら、いつも彼の傲慢に折れて(あげて)、場を収めている。しかし、彼は自分の性格に自覚的になれないので、そのことには気づくことはない。

 そんなローレンスにとって映画というのは、辛い日常とどうしようもない自分を忘れさせてくれる夢の世界への入り口であり、逆からみれば逃避の装置として存在している(これに関しては多くの映画好きにとって映画はそういうものだと思うが……)。

 今作の主人公は映画ヲタクのローレンス君だが、彼と対峙し、人生の苦難を共にし、成長を迎えるもう一人の主人公として、レンタルショップの店長アラナの存在がある。

©2022 VHS Forever Inc. All Rights Reserved.

 彼女は I Hate Movies映画なんて嫌いと、タイトルとは真逆のセリフを口にする。

 その理由は、彼女はかつて映画の聖地ハリウッドで女優の卵として活動していたが、女優の夢を諦めた理由はプロデューサーからの性加害からだった。さらに「あなたの愛する映画の世界は、あなたが思っているよりも醜い」とローレンスに忠告する。

 これから映画の世界を目指して大学へ行こうとする青年に対して、キツい現実の闇をぶつけるアラナ。ローレンスにとっては生きる原動力である映画、その聖地であるハリウッドは、彼女の心を影で傷つけていたことに、ローレンスは動揺する。

 ここで考えたいのが、二人の共通項である。

 この映画ではローレンスの出生の話は出てこないが、子供という存在はある意味で、父と母の愛情の結晶である。自死した父の気持ちは知る由もないが、かつて愛した家族が、その死によって現在にも影響し、母と子の衝突の種になっているという現状は、言い換えれば、かつて愛した者の力父の死によって、いまでも傷つけられている。とも言い換えられないだろうか。

 またアラナの場合も、若き日に愛する映画の世界へ飛び込み、女優になる夢を掴みかけたとき、女性として不当に扱われ、その傷は未だに癒えないでいる。彼女も愛するもの映画に傷つけられ、それでもレンタルビデオ店の店長として、かろうじて業界の最末端に居続けるのは、その愛情が手放せずにいて、同時に傷が癒えないでいる。

 この二人はどちらも、愛したものに傷つけられ、いまもその愛したものへの愛情を手放せないでいるが故に、悩み、傷つき続けている二人なのだ。

 さらに闇深いことに、

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