ソムリエだからって、毎日ワインを飲んでるわけではない#この仕事を選んだわけ
元も子もないタイトルですが、紛れもない事実です。
この仕事において、「味や香りがわかる」はソムリエとしてのあるべき姿の一つなので、黙々とワインと向き合う時間は取ります。仕事中に品質チェックをすることもあれば、仕事終わりに、自身の感覚と表現をすり合わせるために向き合うこともあります。もちろん、ワインは好きです。特別な日でなくとも一人でただただワインを嗜む夜もあれば、仲間と楽しくグラスを傾ける日もあります。
けれど、私の場合は前提として「仕事だから向き合う」という側面が強く、「ワインが好きで好きで仕方がないから飲んでいる」というわけではありません。
ワイン=職業ソムリエとして生き抜くための相棒
野球選手がグラブやバットを磨くのと同じです。大半の方が「より手に馴染むように。」「より良い成績を出すために。」といったように、メンテナンスの観点で手入れをしていると思います。きっと、グラブやバットそのものが好きなわけではないですよね。それと同じです。
一般のワイン愛好家であれば、楽しく飲んで、品種や産地など気になることがあれば調べて……それでよいと思います。けれど、職業ソムリエは違います。お客様の嗜好やシーン、TPOを考慮してより最適な1本を選ぶのが仕事です。もちろん、「ワインが好きな人の気持ち」は「ワインが好きなソムリエ」でないとわからないものなので、忘れてはならないポイントの一つですが、あくまでそれは一要素にすぎず、自分の好みは寧ろ一旦そばに置いておいて、ゲストの好みや伝えたいことを的確に汲み取る能力の方が、よほど大切だと思います。
ピアノの調律とワインのセレクトの共通点
先日、とある小説を読みました。ピアノの調律師のお話です。(人気小説ですので、読まれた方も多いかもしれませんね。)物語の中で、主人公は「依頼主の要望に合わせた音に調律することの難しさ」に直面します。私自身、音楽には詳しくありませんが、ピアノを弾く方は調律師に「明るい音がいい」や「落ち着いた音にして」といったように、自身が持つ感覚的な要望を言葉にして調律師に伝えるそうです。ただ、調律を終えていざ音を出してみると、弾き手の抱いていた理想の音と、調律師がイメージした音にギャップが生じることがあるそうです。あくまで小説の中の話ですが、実際の音楽の現場でも日常的に起こりうるミスマッチであることは想像に難くありません。
ソムリエによるワインのセレクトもピアノの調律に似ています。ゲストの好みや要望をお伺いして、星の数ほどある銘柄の中から最適解と思わしき一本を導き出すわけですが、後になって「イメージと違っていたこと」を知ることもありますし、以来二度とお会いできない方もいらっしゃいます。十中八九、ご案内したワインがハマっていなかった場合です。
なぜ双方のイメージに乖離が生じるのか
最も大きな原因は「ワイン表現において共通言語があることが知られていないこと」によります。一般の方からするとソムリエといえば「草原を駆け抜けているような~」のように抽象的な表現しているイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、実際には違います。
ワインの表現には「型」が存在していて、外観、香り、味わいに分けて描写するための、ある程度決まりきったフレーズ・ワードがあります。型があるということはトレーニングすれば技術として身に着けることができる、ということ。私も資格を取る上で勉強しましたし、今でも日々トレーニングもしています。
一般のテイスターの方でも趣味の延長でワインの資格を取ったり、興味を持って勉強される方もいらっしゃいますが、そういった方は少数派で、多くの方はそもそも型の存在すら認識しておらず、美味しかったとき、好みのワインに当たったときの感覚を何とか言葉にしようとして「〇〇な感じ~」「あの時飲んだワインが美味しくて!」と私たちに伝えてくれます。
もちろん、何も情報がないよりはよりよい一本を選ぶための大切な道しるべになるわけですが、常に「双方が抱く感覚は違うこと」と念頭に置いてご案内することを心掛けています。
例えば「しっかりめのワイン」とオーダーをいただいたときに、私が抱く「しっかりめ」とゲストが抱くそれには大なり小なり誤差が生じています。どんな風にしっかりなのか、なぜしっかりしたワインを手に取りたいのか。その辺りを様々なアプローチから確認する工程に入り慎重にセレクトするのが仕事です。
#この仕事を選んだわけ
前置きが長くなりましたが、私がソムリエという仕事を選んだ理由は「支持してくださるお客様がいるから。」
これに尽きます。
ワイン業界でよくあることですが、「飲料としてのワインが好きな方」や研究肌の方はワインの醸造に興味を持ったり、輸入のセクションに移るケースがあります。(恥ずかしながら私にはそこまでの才能はありません。)
ただ、この仕事を続けてきた中で、以前ご案内したお客様がまた自分を頼ってきてくださったときには感動を覚えますし、大切な方へのプレゼントや記念の瞬間に携わることができるのはこの仕事をする上での大きなモチベーションに繋がっています。ワインという「多くの方にとってよく分からないもの」を扱う仕事だからこそ、勇気を出してお店に足を運んでくださる方の力になりたいと思いますし、ワインのことで相談事があれば一番に思い出して相談してもらえる存在でありたい、と日々仕事に臨んでいます。
よりよいワインを選ぶコツ
せっかくここまで読んでいただいた方のために、私が思う「よりよいワインを選ぶコツ」をご紹介します。
①ワインの写真を残しておく(ご自身用のワインを選ぶとき)
ラベル(エチケットともいわれます)を写真に収めていただけるととても助かります。ワインはフランスやイタリアなど欧州やアメリカ、オーストラリア、チリなど世界中から輸入されています。最近は日本ワインも人気ですよね。
私たちソムリエは世界中のワイン産地の法律やラベル表記のルール、使用できるブドウの種類などを細かく頭に叩き込み、徹底的にテイスティングしていきます。そのため、仮に飲んだことのないワインでもラベルを見れば味わいや特徴、価格帯まで推察することができます。
例えば写真を見せながら「このワインが美味しかった」と言っていただければ近いワインをご案内することができますし、「このワインと比べて優しいワインを!」といったように相対音感的にでもリクエストを貰えれば、初めて試すワインでも要望から大きく逸れることなくご案内することができます。
②相手のキャラクターを伝える(プレゼントでワインを選ぶとき)
いざ、「ワインをプレゼントしよう!」と思い立っても、お相手の好みや嗜好まで分かるケースは「ほぼ無い」と思います。(仕事でワインを扱う私ですら、大半はお相手の好みまでは分からないです。)
そんなときは、どんな方に、どんな用途で贈りたいのか、伝えていただけるとお手伝いができそうです。例えば普段はどんなお酒を召し上がっていらっしゃるか。(ビールやハイボール、日本酒などで結構です。)好きな食べ物は?何歳ぐらいの方?ざっくりで構いませんので分かる範囲の情報を伝えてみてください。
用途でいえば、お祝い事なのかお礼なのか、どういった関係性の方に贈るのかを教えていただけると助かりますね。ピンからキリまであるワインの世界ですが、「TPOに応じた適切な価格帯」も含めて最適な一本を探していきましょう。
以上、#この仕事を選んだわけでした。最後まで読んでくださってありがとうございました!