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ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(7)
アケは、口元を手で覆う。
「何をしていると聞いている」
男は、激る黄金の双眸で武士達を睨む。
「答えぬか……狼藉者ども」
そのあまりの迫力と殺気にアズキを取り囲んでいた武士達は怯み、鉄砲を持った武士達は銃口をアケから男に変える。
「撃て……」
浅黒の武士は、締め上げられ、血反吐を吐きながらも部下達に命令する。
「あの男を……撃て」
しかし、鉄砲を持った武士達は躊躇する。
男から放たれる言いしれぬ恐怖に身体が竦み、動けない。
浅黒の武士は、唇を噛み、部下達を睨みつける。
「ここで朽ち果てるつもりか馬鹿ども!」
浅黒の武士は内臓が裂けるのも厭わず声を荒げる。
その声に武士達は気を戻し、鉄砲の引き金を引く。
破裂音と共に銃弾が放たれる。
アケの蛇の目でしか捉えることの出来ない銃弾の軌道はブレることなく男の胴体を捕らえていた。
しかし、弾丸が男の身体を貫くことも触れることもなかった。
黄金の円から現れた黒い鎖が渦を巻き、繋ぎ目で銃弾を全て受け止めた。
繋ぎ目に食い込んだ銃弾は白い硝煙を噴き上げ、砂のように朽ちた。
武士達の表情に戦慄が走る。
浅黒の武士を縛り上げた鎖が空高く舞い上がる。
浅黒い武士の口から醜い悲鳴が上がる。
黒い鎖は、浅黒い武士を縛り上げたまま竜が尾を振るように一気に武士達の頭上に振り下ろされる。
武士達は、逃げることすら出来ずそのまま黒い鎖の直撃を受け、四方に吹き飛ばされ、地面に激突し、そのまま動かなくなる。
浅黒の武士も振り下ろされた勢いで鎖から解放され、そのまま地面に身体を打ちつけられる。
ひび割れた緑色の甲冑は土塊のように粉々になり、露出した体は血に染まり、そのまま意識を失った。
アズキを取り囲んでいた武士達は目の前で起きた信じられない光景に刀を構えたまま茫然自失となる。
男は、黄金の双眸を冷徹に細めて武士達を睨む。
浅黒の武士を解放し、自由になった無数の鎖が獣の顎のような広がり、今にも武士達を飲み込もうと迫る。
武士達は、恐怖に目を固まらせる。
身体の震えに甲冑が鳴り響き、切先が激しく濡れる。
「己が罪を償え」
黄金の双眸が見開く。
黒い鎖が武士達に襲いかかる。
武士達の口から子どものように悲鳴が上がる。
その時だ。
「おやめください!」
アケが悲痛に叫ぶ。
黒い鎖が武士達の目の前で止まる。
黄金の双眸がアケに向く。
「……何故だ?」
男は、冷徹に言う。
「この者達はお前を殺そうとし、火猪を傷付けたのだぞ?」
男の言葉に蛇の目が揺れる。
血を流し、地面に伏せたアズキを見る。
アケは、ぎゅっとぬりかべの双眸の入った巾着を握り締める。
「それでも……」
アケは、血を吐くように声を絞り出す。
「それでも……私のせいで誰かが死ぬのはもう嫌です」
男は、黄金の双眸でじっとアケを見る。
アケは、顔を伏せ、悲痛に唇を噛み締める。
男は、ふうっと小さく息を吐く。
黒い鎖が爪をしまうように黄金の円の中にゆっくりと吸い込まれていく。
「去れ」
男が言うと同時に黄金の円が消える。
「そこで死にかけてる仲間達を連れて猫の額を去れ。さもなくば……」
黒く大きな影がアケ達を覆う。
地鳴りを思わせる衝撃音と共に砂埃が舞い上がる。
「ここの住民たちが骨も残さず朽ちさせる」
大きな影、緑の翼腕を広げて空を舞うウグイスが殺意を込めて武士達を見下ろす。
砂埃の中から現れたオモチが全身の白い毛を逆立て、牙を剥き出す。
それはアケの知る温厚で優しい二人とはあまりにもかけ離れた……まるで悪鬼羅刹のようであった。
武士の一人が金切り声を上げる。
その声が他の武士達の誇りという最後に残ったか細い心を折った。
武士達は、刀を投げ捨て、草の上に倒れた仲間達を担ぎ上げるとよろけ、転げながら朝日とは逆の方向に逃げていった。
男は、黄金の双眸を逃げる武士達に向ける。
「仕留めますか?」
オモチが男に小さな声で耳打ちする。
「よい。それよりも」
男は、地面に倒れ伏すアズキを一瞥し、人差し指を向ける。
「月曜霊扉」
人差し指の先に小さな黄金の円が浮かび、紋様が描かれる。
「解放」
小さな黄金の円から針金のように細い黒い鎖の束が現れ、ゆっくりとアズキへと向かう。
「堪えよ」
鎖の先端がアズキの今だ鮮血の流れる銃痕に入り込む。
アズキの口から悲痛な雄叫びが上がる。
「おやめください!」
アケは、アズキに駆け寄ろうとするといつの間にかアケの隣に降り立っていたウグイスがそっと肩に手を置く。
「大丈夫」
ウグイスは、安心させるように片目を瞑って笑う。
黒い鎖が銃痕から抜ける。
その先に巻きついていたのは赤黒い血に染まったどんぐりのような弾丸であった。
血に染まった銃弾は乾いた土塊のように崩れ去る。
「治療を」
「はっ」
オモチは、アズキに駆け寄る。
「木曜霊扉」
木の種を持った手のひらの上に緑の円が浮かび、紋様が描かれる。
「解放」
木の種の表面が割れ、芽が吹き、様々な葉の草が育つ。
オモチは、両手でその草を握りつぶし、揉み、口に入れて咀嚼、吐き出す。
「滲みるよ」
オモチは、煎じた治り草を丁寧にアズキの身体に塗りつける。
アズキの目は大きく震えるも今度は呻き一つ漏らさずに堪える。
男は、黒い鎖で武士達の残していった刀と鉄砲を縛り上げる。
刀と鉄砲は黒く変色し、そのまま朽ち果てる。
「ごめん、ジャノメ」
ウグイスが背中からアケの身体をぎゅっと抱きしめる。
「来るのが遅くて……本当にごめん」
ウグイスは、アケの背中に顔を押し付け、涙を流しながら謝る。
「いいえっ」
アケは、首を小さく横に振る。
「来てくれてありがとうございます」
アケは、ウグイスの手に自分の手をそっと重ねた。
男は、そんな二人の様子をじっと見る。
「疲れたであろう」
男は、背中を向ける。
「少し休むがいい」
そう言って男は森に向かって歩き出す。
「あっ……」
アケは、男の背を追うように蛇の目を向け、声を出す。
「あの……」
アケの声に男は足を止める。
「助けて下さってありがとう……ございます」
アケは、深く頭を下げる。
「気に病むことはない」
男は、振り返らずに言う。
「あの……お食事は……?」
「またにする」
そう言って男は、森の方へと去っていった。
アケは、その背中が消えるまで見続けた。
いつの間にか太陽は完全に上りきっていた。