エガオが笑う時 第4話 無敵(2)
注文を取りに来た私を見た瞬間、女の子は大きな目を輝かせる。
「お花畑だあ!」
そう言って小さな手で私の髪を指差す。
私は、お湯が一瞬で沸くのではないかと思うほど頬が熱くなる。
あの後、ディナは、何故か想定よりも気合を入れて私の髪を梳かし、編み上げ、結い上げて旋毛の下あたりに髪をまとめ上げると自作の大輪の花の形をした銀細工のバレットで留めた。それだけでも仰々しいのにさらに色とりどりの小さな花の髪留めを周りに付けていった。
想像もしてなかった派手な髪型に私は赤面してやり直して欲しいと懇願したがマダムは「可愛すぎるわあ」と顔が溶けるのではないかと心配になるくらいデレて、ディナは作品の完成に愉悦に浸り、聞く耳を持たなかった。
「本当、素敵です」
女の子の母親も興味深げに私の髪を見て微笑む。
隣の隣の円卓に座るディナがモンブランを食べながら右拳を高く掲げる。
マダムも微笑ましく私を見て紅茶を飲む。
「私にはとても出来ないです。憧れちゃいます」
童心に返ったように嬉しそうに言う。
ちなみに母親の髪は少し癖っ毛な髪を綺麗に梳かして左に流し、水色の大きなシュシュというものでまとめている。
シンプルだけど綺麗で私もこんな風にして欲しかったなと思う。
私の髪を触りたがる女の子の相手をしながら注文を取り、隣の円卓に座る老夫婦の方を向くと2人も同じように微笑んで私を見る。
「若いっていいわね」
妻は、うっとりと自分の頬を触る。
「苗床がいいと何をしても似合うから癪じゃな。揶揄いようがない」
夫の方は少し不満そうに言うも私の髪から目を逸らさない。
私は、恥ずかしくて顔を上げられないまま2人から注文を聞き取ると逃げるようにキッチン馬車に向かい、カゲロウに注文を伝える。
カゲロウは、「あいよ」と答えて私を見て口元を釣り上げる。
「大人気だな」
カゲロウの言葉に相槌を打つようにスーちゃんが小さく嘶く。
「頬っぺたと心臓がおかしくなりそうです」
私は、熱くなった頬を冷まそうと両手で挟む。
私の言葉にカゲロウは、ぷっと吹き出す。
私は、思わずむっと睨む。
それに気づいてカゲロウは、優しく微笑む。
「悪い悪い」
カゲロウは、ポンっと私の頭の上に手を置く。
優しい温もりがじんわりと染み込んでいく。
気持ちいい。
「よく似合ってるよ」
ぼんっ。
私の頭が熱くなって小さく弾ける。
「エガオちゃーん!」
私は、頭と目をクラクラさせながら声の方を向くとマダムとディナの席にいつの間にかサヤとイリーナが座ってこちらに大きく手を振っている。
「注文みたいだな」
カゲロウは、私の頭から手を離すと先ほど伝えた注文の準備を始める。
私は、頭に寂しさを感じながらもレモン水をコップに注いでサヤ達の方に向かった。
4人の前に着くとサヤとイリーナが目を輝かせて「可愛い!」と叫ぶ。
私は、恥ずかしさに居た堪れなくなる。
ディナは、自慢げに胸を張ってジンジャーエールをストローで啜る。
そう言う時はやはり紅茶かコーヒーじゃないかな?
「今日はみんな別々だったんですね」
私は、気を取り直して2人に訊く。
「私は、部活だよ」
そう言ってイリーナは、私が運んできたレモン水に口を付ける。
「大会が近いから追い込み中」
部活?大会?
聞き慣れない言葉に私は眉を顰める。
それに気づいたマダムがやんわりとフォローしてくれる。
「部活っていうのは学校に通う生徒さんが授業以外に学ぶ場よ。スポーツだったり、音楽や娯楽で文化だったり」
なるほど。
所属部隊以外にも別動で動くようなものか。
「イリーナは、どんな部活に入っているのですか?」
「私は、剣球部よ」
「剣球?」
言葉を聞いても全くイメージが湧かない。
しかし、イリーナも私がそう返すのを予想していたのか、ディナの食べていたモンブランのフォークを取って、剣のように正中に構えると、横薙ぎにて一閃する。
その構えにも動きにも無駄がなく、乱れもない。
「こんな感じにね。飛んでくる魔法に見立てた球を木剣で相手と撃ち返していくゲームよ」
イリーナ曰く、100年ほど前、帝国との戦いで1人の騎士が帝国の魔法騎士の放った火球を剣で打ち返したのが始まりらしい。
それをきっかけに騎士達の戦力向上の為に火球に見立てた球を木剣で打ち返す特訓としていたが、いつしかそれがスポーツへと発展していったらしい。
得意げにイリーナは語ると今度は、ディナのモンブランに向かってフォークを突き出し、黄色のクリームに突き出す。そしてそのままクリームを削り取って口に運んだ。
ディナは、三白眼を釣り上げてイリーナを睨む。
戦闘訓練がスポーツに。
そんなこともあるんだと思わず感心してしまった。
「エガオちゃんならすぐに優勝しそうね」
マダムは、そう言って紅茶を啜る。
「いえ、私はそう言ったのははちょっと・・」
「そうなの?」
マダムを始め他の3人も意外そうに見る。
「私が木剣を振るったら球も剣も壊れてしまうと・・」
そう言うと全員納得して頷く。
「サヤも部活だったんですか?」
私が訊くとサヤは、眼鏡の奥を震わせ、頬を引き攣る。
私は、怪訝な顔をして首を傾げる。
「こいつは補修だよ」
サヤの代わりにイリーナが答える。
サヤは、バツが悪そうに私から目を反らす。
「補修?」
またまた、私は言葉の意味が分からず首を傾げる。
「この前の試験の点数が悪くてやり直しを受けていたのだ」
サヤの代わりにディナが答える。
「あれだけ勉強しろと言ったのに疎かにするからだ」
ふんっと鼻を鳴らしてディナは、ジンジャーエールを啜る。
意外だった。
日々の言動からサヤはてっきり優等生だとばかり思っていた。
「こいつ地頭はいいんだどさ。勉強より趣味にばっか現を抜かすからてんで勉強が追いつかないんだよ」
イリーナが冷たく目を細めてサヤを見る、
サヤは、身を小さくする。
「趣味って?」
マダムが紅茶のカップを置いてサヤを見る。
「オタ活です」
ディナがナイフで切るようにスパッと言う。
「こいつ最近流行りの美男美女ばかり出てくる本にハマってそればっか読んで夢の世界に浸ってるんです」
「それだけならいいんですけど自分でも絵を描いたり、小物作ったりして寝る暇もなく、なんなら授業中なまでやって先生に怒られてるんです」
イリーナも呆れたように嘆息する。
「いいじゃない別に!」
サヤは、顔を真っ赤にして円卓を叩く。
「夢を追って何が悪いのよ!」
サヤは、両手を子どものように振り回して叫ぶ。
しかし、その言葉はイリーナにもディナにも届かず冷たい目を向けられるだけだ。
美男美女ばかり出る本?
聞いてもまったく想像出来ない。
世の中には本当に私の知らないことが沢山あるんだなと改めて思う。
「まあまあ、みんな落ち着いて」
マダムが面白がりながらも3人を宥める。
そしてサヤの方を見て微笑む。
「だったらサヤちゃんもエガオちゃんと一緒に勉強する?」
マダムの言葉にサヤは、眼鏡の奥に皺を寄せる。
マダムは、足元に置いた鞄から二冊の本を取り出す。
3人は、マダムの出した本を見る。
「文字の練習帳?」
「誰でも出来る足し算引き算?」
イリーナとディナは、眉根を寄せて本のタイトルを読む。
「わあ、子どもの頃よくこれで勉強したな」
サヤは、懐かしむように本を見る。
「でも、何でこんなものを?」
「私が使うんです」
私は、両手を組んで指を絡めながら言う。
3人が訝しげな表現で私を見る。
「仕事が始まる前にマダムに教わってるんです。私、学校に行ったことなくて皆みたいに勉強出来ないから」
自分で言って恥ずかしくなり、言葉が小さくなる。
「お店の役に少しでもなりたいから・・」
私の言葉に3人は目を合わせ、にっと笑う。
「健気だねえ」
「乙女ね」
「萌えるなあ」
3人は、うんうんと頷く。
私は、恥ずかしくて顔を上げれない。
そんな様子をマダムは、微笑ましく見ていた。
キッチン馬車からカゲロウの声が飛んでいる。
「いつまで話してんだ?注文を取ったか?」
カゲロウの言葉にエガオは、すっかり注文を取り忘れたことを思い出し、サヤとイリーナも「やっば」と呟き、慌てて飲み物とおやつを注文する。
「チャコの分も頼んでおく?」
サヤが言うとイリーナは眉を顰める。
「来れるか分からないからな」
イリーナは、眉を顰める。
「もう少し待ってから判断しよう」
ディナは、冷静に言ってモンブランの最後の一口を食べる。
「・・・チャコはどうかしたのですか?」
ひょっとしてチャコも部活か補習なのだろうか?
しかし、私が聞いた瞬間、3人顔が一様に曇る。
「いや、チャコは何ともないんだけど・・」
サヤは、言いづらそうに左頬を掻きながら他の2人を見る。イリーナも言いづらそうに口をモゴモゴするがディナが三白眼を細めて口を開く。
「チャコのお姉さんが襲われたんだ。黒い獣に」
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