エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(1)
それは2年前、私が10歳の時だった。
私は、侍女達と一緒に戦場に向かったお父様とお母様の帰りを待ちながら学校に通い、大好きなピアノの練習をし、ご飯を食べて変わらない日々を過ごしていた。
寂しさはあった。
でも、戦場で国の平和の為に戦っている2人を思えば弱音なんて吐いていられない。
お父様とお母様は毎日のように戦場から手紙を送ってくれた。大概はちゃんとご飯食べているか?学校は楽しいか?ピアノの練習はしているか?なんて言う私を気遣うものだが時折、自分たちの近況についても書いてくれた。
それだけで2人が一緒にいるような気がして手紙を胸に抱き抱えながらベッドで眠った。
その手紙が急に来なくなった。
毎日、毎日、侍女に確認したが手紙は一向に届かなかった。
その変わりに届いたのは遥か遠くの戦場で起きたこと。
帝国が二つの領土の侵略に乗り出したこと。
その内の一つは王族の親類が統治するところで騎士団の大半がそちらに配置され、もう一つの領土には残された数名の騎士と寄せ集めと呼ばれる荒くれ者の戦闘集団だけが配置されたこと。
そしてそのメドレーと数名の騎士が配置された場所に魔法騎士が現れて王国の軍勢を数名を残して壊滅させたこと。
私は、その数名の騎士にお父様とお母様がいないことを祈った。
しかし、その願いが届くことはなかった。
私は、豪奢な棺に横たわる2人の遺体を見た。
涙は流さなかった。
2人は、この国の為に命を賭して闘ったのだ。
涙で送り出してなんていけない。
それが騎士の・・・2人の娘である私の務め・・。
笑顔で送り出さないと・・・。
泣いちゃダメだ・・泣いちゃダメだ。
そう思っていたのに私はいつの間にか泣いていた。
大声を上げて泣いていた。
2人に戻ってきて欲しい。
もう一度私の名前を呼んで欲しい。
そう思い、願いながら泣いた。
そこからは流れるようであった。
父と母を失い、私の家と財産は全て国に返すことになった。後継のいない騎士の家には何の価値もないと言うことらしい。
そのことに関して特に何も思うことはなかった。
幼い頃より父と母に騎士の家についてはずっと聞かされていたからそういうものだと漠然と思っていた。
それでも生まれた時から住んでいた家を出ていかなければならない、面倒を見てくれていた侍女達と離れなければいけないのは辛かった。
私を引き取りたい言う人たちは何人もいた。
父と母の友人や懇意にしていた貴族達、私にピアノを教えてくれた先生やピアノの調律師さん、たくさんの人達が私の引き取り手として名を上げてくれていた。
しかし、私はどの手も払い除けた。
私の両親はお父様とお母様だけ。
それ以外の人たちを親と呼ぶことなんて出来ないから。
そして私は国が当てがった教会の孤児院に入所することになる。
建物は古く、とても良い環境とは言えない場所であったがその代わりに教会を運営するシスターは若くて天然だけどとても優しい人で入所したばかりの私をとても気にかけてくれた。同じように戦争で両親を失ったり、何かしらの事情で捨てられた孤児達もとてと良い子で新参者で1番年上の私を「マーちゃん」と呼んで慕ってくれた。
教会にある調律の少し狂った古いピアノを弾いてあげると「上手!」ととても喜んでくれた。
私も弟や妹が出来たみたいでとても嬉しくなり、一緒に過ごすうちにこの子達のことを守るんだという気持ちが湧いてきた。
教会にはお金がなかった。
国からの支援金があるから食べるのに困るわけではないが、それでも子ども達に満足な生活をさせられるわけではない。
私は、教会の少しでも助けになればと働きに出ることにした。
子どもが働く必要なんてないとシスターは反対するがそれを押し切って仕事の斡旋所に行った。
仕事の斡旋所の職員も私を見て顔を顰め、働くよりも国の支援を増やしてもらうようお願いしたらと助言されたがそんなものは当てにならないことは両親がいなくなってから嫌と言うほど学んだ。
自分達のことは自分でするしかないのだ。
私は、職員が子どもの私でも出来そうだと提示してくたたくさんの資料を見ながら一枚の求人で目を止まる。
それはこう書かれていた。
"メドレーの宿舎で働ける女子の従者を募集"と。
私は、直ぐに申し込んでもらうようお願いした。
斡旋所からの返答は直ぐに来た。
即採用、しかも私の年ではあり得ない好条件で受けてくれたと言う。贅沢が出来るわけではないが自分の身の回りのことや食費くらいなら充分に賄える金額だし、食事も出て、休みなんかも優遇してくれるとのことだ。
私は、大喜びしたが斡旋所の職員は顔を顰めていた。
「お嬢ちゃん、斡旋しておいて何だが考え直さないか?」
斡旋所の職員の言葉に私は顔を顰める。
「何でですか?」
私が訊くと職員は視線を下げ、言いづらそうに口を歪める。
「今回の求人で募集してるのは従者。しかもメドレーの隊長の従者だ」
「知ってます」
これでも学校では成績優秀で通っていて同学年よりも難しい字を読めていた。
私が言うと職員はさらに言いあぐねるように視線を動かす。
「その・・、隊長っていうのが少し問題でな・・」
職員は、少し迷ったもの意を決して言葉を紡ぐ。
「まだ14、5歳の女の子でまったく笑わないんだそうだ」
「笑わない?」
私の言葉に職員が頷く。
「ああっ一度も笑ったことがない。無表情に冷徹に巨大な武器を振り回して敵を殲滅し、相手の返り血で全身を染める。それでも表情を崩さない」
私の脳裏に全身を赤黒く染めた悪魔の影が浮かぶ。
「その姿から付いたあだ名が"笑顔のないエガオ"だ」
"笑顔のないエガオ"
私は、胸中でその名を反芻する。
「きっと彼女を手に負えなくなった部隊の上役共が君に押し付けようと思って雇ったに違いない。悪いことは言わない。少し給料は安いからかもしれないがもっといい仕事を紹介するから辞めるんだ」
職員は、心の底から私を心配しているようだ。
心配するくらいなら斡旋しなければいいのに・・まあ、それもまた仕事なのだろう。
それに私の答えは変わらない。
「いいえ。私は行きます」
そう言って頭を下げる。
職員は、心底驚いた顔をする。
そう、何を言われようと私は答えを変える気はない。
何故なら私がこの仕事を選んだ理由。
それは"笑顔のないエガオ"に会うことなのだから。