ベジタリアン、ヴィーガンと多様性③菜食と哲学
2.「哲学思想」と捉える
前回の英国ヴィーガン協会によるヴィーガニズムの定義にみられるように、プラントベースの実践を論理的・客観的な根拠(=理論的根拠)を背景とした哲学思想と捉える流れは、西洋の社会を中心として形成されてきたものです※2。
例えば、19世紀イギリスの詩人パーシー・シェリーは『自然な食生活の擁護』(1813年)を、好古家のジョゼフ・リッツンは『道徳的な義務としての動物食の節制に関する試論』(1802年)をそれぞれ著し、肉を避ける食生活を倫理的なものとして勧めていました※3。
彼らはまた、古代ローマの文筆家プルタルコスの『肉食について』を訳しています[9]。プルタルコスは、動物の肉が人の栄養のためには不要であること、人間の身体構造からみて不自然であること、贅沢のための残忍な行いであることなどを指摘し、人の肉食を不合理で不正なものとしています[10]。
1975 年にはオーストラリアの倫理学者ピーター・シンガーが『動物の解放』を著し、社会全体で動物への倫理的配慮に取り組まなければならないと訴えました[11]。幸福を追い苦痛を避けるのは、人間と人間以外の動物で共通の欲求であり、両者に対して平等に配慮しないのは性差別や人種差別と同じく差別=「種差別」に当たると主張したのです。この本は「動物倫理学」という学問分野と「動物解放運動」という社会運動の皮切りになりました。
続いて、アメリカの哲学者トム・レーガンが、1983年に『動物の権利の擁護』を書き、ヒト以外の動物に対しても基本的人権に相当する権利を与えるべきだと主張しました[12]。さらに、1990年代以降、法学者のゲイリー・フランシオンが、ヴィーガンになることが動物への搾取や暴力を止めるための最も基本的な実践であると唱え、ヴィーガニズムと動物倫理学を明確に結びつけました[13]。この二人は、人間が一方的に他の動物を利用することに反対し、動物の権利を侵害する産業や制度(畜産業、動物実験、動物園など)をなくすことを目指す「廃止論としての動物の権利運動=アニマルライツ」を支えています。
<注>
※2レオナルド・ダ・ヴィンチ、モンテーニュ、ジャン・ジャック・ルソー、ヴォルテール、ワーグナー、トルストイ、マハトマ・ガンディーといった思想家たちが、ベジタリアンを支える理論を唱えてきました。ダヴィンチは動物由来の食物をすべて避けるヴィーガンの食生活を送り、現代のヴィーガニズムにも影響を与えているようです。
詳しくは鶴田静『ベジタリアンの世界』などをご参照ください。
※3原題は以下になります。
Shelley, Percy. “A Vindication of Natural Diet”.
Ritson, Joseph. “An Essay on Abstinence from Animal Food: As a Moral Duty”.
いずれも和訳されていませんが、原書はネットなどで無料で読むことができます。
<参考>
[9]キャロル・J・アダムズ『肉食という性の政治学』鶴田静訳 1994. p129
[10]『肉食について』の日本語訳は、京都大学学術出版会のプルタルコス『モラリア 12』に収められています
[11]シンガー, ピーター(2011)『動物の解放 改訂版』戸田清 人文書院
[12]Regan, Tom(1983)“The Case for Animal Rights”. University of California Press
[13]フランシオン, ゲイリー・ L(2018)『動物の権利入門』井上太一訳 緑風出版