ソ連映画で登場したMSXとコナミのゲーム
ソ連ではMSXが人気だったことは子供用の映画で登場していることからも伺えます。今回はその二本をご紹介します。
「Малявкин и компания マリフキンと仲間たち」
何と1986年にウクライナのオデッサで作られた映画なのだそうです。
いきなり「わんぱくアスレチック」が!さらには老女教師が「けっきょく南極大冒険」にハマるシーン。最後は仲間達が「ロードファイター」を囲んでプレイします。ただしこれは映画なので合成がされていることに留意してください。
注目は教室の後ろに貼ってあるMSXのポスター。ソ連は印刷技術が劣悪だったので、ヤマハに寄贈してもらったのではないかと父が解説してました。日本のカラーポスターはソ連では大人気だったそうです。
制作会社は「Odesa Film Studio」1919年に旧ソ連時代のウクライナで設立された老舗映画会社です。現在も活動していてHPも存在します。映画の内容は英語字幕があるので解りやすいですね。
「ダバイダバイ行け行け!」
という子供たちの声が可愛いです。YAMAHA KUVT・YIS503Ⅱのロシア語版や外付けのFDD・Yamaha FD-05が使用されています。
ここに登場する子供たちは僕と同じぐらいの年齢な筈です。戦禍に巻き込まれていなければいいのですが‥‥🥺
続いては子供向けのファンタジーミュージカル映画
「Поехал поезд в Бульзибар・列車はブルジバル行きでした」
42分30秒あたりから。
1986 年、ソ連国営テレビなどでも放送されたようです。作製はリトアニアの映画スタジオ。
先生の指導の下で「モン太君のいち・に・さんすう」「けっきょく南極大冒険」「イーアルカンフー」「サーカスチャーリー」などを子供たちが楽しんでいます。一瞬スカイジャガーのOPが流れてますね。MSXユーザーはこういうとこ見逃さないんです😁
放送が1986年と言うことは作製は85年でしょう。発売直後のMSXのゲームが使用されていたことになりますね。
この時期はファミコンブームが爆発し始めたころでMSXのゲームは「しょぼい」とバカにされがちでした😭
しかし同じソ連でほぼ同時期である1984年6月6日に完成したテトリスはモノクロ画面のものであり、全て文字キャラクタで作成されていたのです。しかもテトリスはソ連科学アカデミーのコンピュータセンターで制作され、一般の人々が目にするのはずっと後のことでした。
オリジナルの映像を投稿したので見比べてみて下さい。
このことからもMSXのコナミのゲームがソ連の子供たちにとって、いかに魅力的だったか解るのではないでしょうか。
僕の知る限り日本国内でもMSXが映画に登場したシーンは殆どありませんし😁
最後におまけでソ連の可憐な美少女たちのダンスを😻
少女達のつけている赤いネッカチーフはソ連共産主義少年団であるピオネールのシンボルです。
ソ連美少女のダンス、こちらは制服バージョン😻
テープデッキはВесна 306でモーターは日本製のコピー品。当時のソ連では若者の憧れのアイテムの筆頭で、規格が西側と同一だったため海賊版の音楽テープが大量に流通していました。
パソコンや音楽・ゲームの魅力には、鉄のカーテンも無意味だったのですね。
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