オリガミにARで命を吹き込み、野生動物がさらされている現実を知る
絶滅危惧種の動物を折り紙で折ると、その折り紙がARマーカーになり、ストーリーが動き出す。電通デジタルのソーシャルプロジェクト(※)として始まった「絶滅危惧オリガミ」プロジェクトが、静かに広がりを見せています。今回は、同プロジェクトを企画した堀崇将、石川隆一、根之木颯亮に話を聞きました。ユニークなアイデアを思いついた背景と、企画を通して3人にあった変化とは?
※電通デジタルが行っている、デジタルテクノロジーとクリエイティブを活用し、様々な社会課題の解決に取り組む活動
折り紙を起点に誕生した「絶滅危惧オリガミ」プロジェクト
-「絶滅危惧オリガミ」のプロジェクトについて、ご説明いただけますか。
堀:折り紙で作った動物をARカメラで読み込むと、その動物が絶滅の危機に瀕している原因がアニメーションで再現されるというプロジェクトです。世界的な問題でもある絶滅危惧について、遠い世界のことではなく、身近なものなのだと感じてもらうことを目的に実施しました。
-プロジェクトが始まった経緯についてもお話いただきたいです。
堀:始まりは、電通デジタル社内のソーシャルプロジェクトの公募に応募したことです。応募するにあたって、折り紙をモチーフに何か企画したいと思いました。というのも私は、大学時代に折り紙がテーマの研究をしたことがあり、折り紙にはコミュニケーションを活発化する効果があるのではないかと考えていたんです。折り紙は日本に住む私たちにとって身近なものですし、うまく活用すればメッセージを効果的に伝えるツールにもなるのではないかと。
そこで、石川さんに相談してみたところ「折り紙とARを掛け合わせたらいいのではないか」という助言をもらって。その助言をもとに、絶滅危惧というテーマを加えて企画をしたところ、無事に採用されました。
-折り紙を使う前提で企画が生まれたというのは意外でした。堀さんから相談を受けた時、石川さんはどう思いましたか?
石川:面白いアイデアだと思いました。しかし、折り紙を折るだけでは受け取れる情報量が少ないのではないかとも感じました。そこで、折り紙を折ることで現実を拡張させて、新しい情報を提供する仕組みができないか考えた時に、ARを思いついたんです。ARのテクニカルな部分については、スペシャリストの根之木さんに声をかけて、お願いすることになりました。
機能美と装飾美を備えた、折り紙ARマーカーへの挑戦
-折り紙とARを組み合わせる際に、こだわったことはありますか?
堀:折り紙をARで拡張することで、どのような体験ができるのかを考えました。
そもそも、ARでアニメーションを再生するためには、トリガーとなるARマーカーが必要です。ARマーカーがどういうものなのかというと、QRコードをイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。 QRコードで扱えるのは文字情報のみですが、ARマーカーならアニメーションや画像などのコンテンツを表示できます。またQRコードと同様に、ARマーカーは、通常ならパッケージや製品に印刷されているものです。だからこそ、自分の手で折った作品がARマーカーになるというのは新鮮な体験ですし、アナログがデジタルにつながる瞬間を実感できるのではないかと考えました。実際に自分で体験した際には、折り紙に命を吹き込むような感覚を味わえましたね。
-折り紙で作った動物がARで命を吹き込まれて、そこで示されるのが絶滅に瀕するに至った背景というのは、心を打つストーリーですよね。
堀:ありがとうございます。折り紙の体験をアップデートできるプロジェクトになったのではないかと思います。ただ、ARの実装を担当した根之木さんには、苦労をかけました。
-折り紙をARマーカーにするというアイデアを実装する上で難しかったことはありますか?
根之木:折り紙のデザインを考えるのが難しかったですね。ARマーカーは模様の特徴を捉えて認識するため、複雑な画像や写真のほうが適している、というのが定説です。今回のプロジェクトでは、多くの人に楽しんでもらうために折り紙はシンプルなデザインにしたいと考えていたため、ARマーカーの求める要件とのギャップを埋めるのが難しくて。機能美と装飾美のバランスをとることがチャレンジングでしたし、やりがいがありました。
-動物ごとに専用の折り紙の模様を用意されているんですよね。和テイストのデザインが見事だなと思いました。
堀:いずれは海外の人にも体験してもらうことを想定していたため、日本のカルチャーを感じられる和柄のデザインにしました。絶滅の危機に瀕する野生動物の保全は、世界共通の課題ですから。また、ARの読み込み精度を高めるために、それぞれに特徴となるような模様を入れていて、日本のカルチャーと技術の両方を取り入れたデザインとなっています。
那須どうぶつ王国でプレイベントを開催。参加者の反応は?
-このプロジェクトはどのような形で展開したのですか?
堀:那須どうぶつ王国で親子向けのプレイベントを開催し、参加者に折り紙とARを体験してもらいました。その後11月11日の「おりがみの日」にプロジェクトのWebサイトを正式公開し、プレイベントの動画や写真も交えて、プロジェクトについて紹介しています。
折り紙の動物は、タンチョウ、ライチョウ、アムールトラ、ケープペンギン、レッサーパンダの5種類です。タンチョウは折り紙の基本である鶴なので、必ず入れたいと考えていました。他の4種類の選定については、イベントの後に実物を見てほしかったので、那須どうぶつ王国で飼育されている動物の中から選びました。また、生息地や絶滅の原因、折り紙で表現できるのか、という観点もありましたね。今回は折り紙の折り方も自分たちで考案したため、折る難易度にも配慮しました。
-プレイベントの参加者の反応はどうでしたか?
堀:皆さん熱心に折り紙に取り組まれていました。折り方が難しいものもあったため、途中で止めてしまうのではないかという心配もありましたが、そのようなことはなく。参加者の様子を見て、日本人にとって折り紙は年齢に関係なく馴染み深いものであり、想像以上にパワーのある強いコンテンツなんだなと再認識できました。
石川:ARカメラで絶滅危惧に至るストーリーを見て、悲しそうな顔をしているお子さんがいたり、親御さんがストーリーを見ながらわかりやすく原因を伝えたりしていたのが印象に残っています。自分たちのメッセージが想像以上に伝わっているのだと感じましたし、ARにはまだまだ多様な使い方があるのだなと思いました。
根之木:私もお子さんがARに見入っている姿が印象的でした。自分で丁寧に折った折り紙が動いて、絶滅危惧に関する学びを得られるという体験は、スマートフォンで調べるだけではできないことです。印象に残る体験を提供できたと思います。
教育現場、動物園、環境保全団体…活用の幅が広がっていく
-折り紙とARの組み合わせは体験として面白いですし、教育現場でも使えそうですね。
石川:プレイベントの最中に、高校で教師をしているという参加者の方から「授業で使いたい」というお話をいただいたこともあります。また、北海道の小学校では実際の授業に使っていただきました。教育現場を含め、活用の幅が広がっていく予感がしています。
堀:実は、今回のプロジェクトが元となり、世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)による、生活の中で環境行動を起こすというキャンペーンにも私たちのアイデアが採用されたんですよね。2023年7月末に上野動物園で親子体験イベントを開催し、参加者にはオランウータンとトラを折っていただきました。
-それは素敵なイベントですね。この技術を活用すれば、他にもさまざまなことができそうだなと思いました。
堀:ありがとうございます。ARでアニメーションを再現するにはARマーカーを印刷する必要があるのですが、一般販売されている折り紙にも、この技術が応用できると楽しそうだなという話を3人でしたことはあります(笑)。
石川:企画を練っている段階では、動物園で配られるチケットを折り紙にできないかという話もありましたね。普段であれば捨ててしまうチケットを折り紙にすることで、思い出を形として残せると良いのではないかと考えていました。
-なるほど。動物園だけじゃなく、水族館でもいいでしょうし、アイデアが膨らみますね。
堀:そうですね。個人的には、どこにでもあるような紙でもARを再現できるようになることを期待しています。いつかはARの認証技術が発展していくでしょうし、そうなるとできることがいろいろと増えていくのではないかと思います。
絶滅危惧という課題をコミュニケーションを通して広く伝える使命
-このプロジェクトを通じて、自分の変化を感じたことはありましたか?
石川:SDGsや環境問題を日常的に気にするようになりましたね。もとより関心を持っている方ではありましたが、動物園にいる動物の多くが絶滅危惧種であることには気づいていませんでした。動物園内の解説には書いてありますし、目には入っていたと思うのですが、深刻さを感じて記憶するまでには至らなかったようです。このプロジェクトを通して、盲点になっていた社会的ペインをクリエイティブに落とし込み、体験として知ってもらうことで、多くの人の気づきになるのではないかと思います。
根之木: 私は普段、デジタル上でクリエイティブを作ってリリースするので、実際にARを体験する人がどのように楽しむのかを見落としがちになっていたことに気づきました。那須どうぶつ王国のプレイベントでは、自分が作成したARを体験している方たちと直接会えたことが嬉しかったです。体験した方の反応を見て、自分が作ったARを触って映像を見る人がいるんだと、実感できましたね。生活者がARを体験するとき、その現場で何が起きているのか、どう反応をするのかを考えながら作ることを忘れてはいけないと思いました。
堀:動物園で働くプロフェッショナルや、さまざまな環境保全団体で野生動物の保全に真剣に向かい合う方々の取り組み、その大変さや大切さを理解できました。今回制作した動物が絶滅の危機に瀕している原因を説明するアニメーションは、動物園の関係者の方に監修していただいています。動物園は、その見方を変えれば野生動物のプロフェッショナルが生態系を調査し、絶滅の原因や生態系の守り方を研究している施設なんですよね。これまでテーマパークのように感じていた動物園は、実は研究機関でもあるのだとわかりました。
-ありがとうございます。最後に、今後どのような活動をしていきたいかお話いただけますか。
石川:今後も「絶滅危惧オリガミ」のような企画に携わっていきたいですね。今までにもテクノロジーを生かした企画に携わってきましたが、多くの人に楽しんでもらいながらも、技術を見せびらかしているに過ぎなかったのではないかと反省しました。技術に焦点を当てるのではなく、コミュニケーションツールとして使うことで、新しい情報を汲み取ってもらうためのクリエイティブができると実感できましたし、今後もそういう仕事をしていきたいです。
根之木:広告はつい数字で成果を考えがちですが、見た人、触る人が何を感じるのか、喜んでくれるのかを考えることがクリエイティブには大事なことなのだと、改めて気づきました。体験する人の存在を身近に考えながら、テクノロジーに向き合っていきたいです。
堀:折り紙のように、昔からある身近なものの延長線に技術があるクリエイティブに挑戦したいと考えています。技術と人の体験をどう繋げていくのか、身近なところにヒントがあると肝に銘じて、取り組んでいきたいです。
また、コミュニケーションの力を通して、野生動物の保全について多くの人に伝えていく役割の重要性も実感しました。折り紙とARを通して、絶滅危惧の問題について幅広い世代に伝えられたように、課題と生活者をつなぐコミュニケーションを続けていきたいとも思いましたね。
* * *
今回は、折り紙とARを組み合わせた「絶滅危惧オリガミ」プロジェクトについて話を聞きました。
折り紙のARマーカーを読み込みARで動物が動きだすのは、ワクワクしてとても楽しい体験です。一方で、ARのアニメーションでは、自分が折ったことで誕生した動物が死んでしまうという悲しいストーリーになっています。折り紙が動いた嬉しさと悲しいストーリーの落差も相まって、絶滅危惧という社会課題が深く突き刺さりました。教育現場や動物園など、いろいろな場所に広がることで、絶滅の危機に瀕している野生動物への関心の高まりにつながることを期待します。
プロフィール
ブランドエクスペリエンスクリエイティブ部門 エクスペリエンスデザイン第3事業部 アートディレクション第1グループ
アートディレクター
2010年電通入社、現在電通デジタルに出向中。商品、企業ブランディング、イベント、プロダクト開発など、アートディレクターの視点、感性を活用して、プランニングから携わる。
エクスペリエンステクノロジー部門 CRテック開発部 研究開発グループ
クリエイティブテクノロジスト
レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。Kaggle Master。
ブランドエクスペリエンスクリエイティブ部門 エクスペリエンスデザイン第3事業部 アートディレクション第1グループ
アートディレクター・エンジニア
2020年電通デジタル入社。デザインとプログラミングの技術を活かし、アートディレクション×テクノロジーの新しいクリエイティブに取り組む。
※所属・役職は取材当時のものです。