子どもは今を正直に敏感に生きている
長女と1日過ごしてみて。
3歳長女、今日初めて「保育園をお休みする」という。
泣きわめいて嫌がるほどではなかったが、
これまで嫌がったことがない長女が
何度か聞いても、行きたくないというので、
言葉にはできない想いがあるのだろうと思って
休んで家で過ごしてもらうことにした。
今日お休みするためのお約束として
・お母ちゃんの芋掘りのお手伝いをすること
・お昼寝をすること
・明日は保育園に行くこと
を納得してもらって、次女だけ保育園へ。
(まあ、年齢的に「約束を(しっかり)守る」ことは
まだできないので、大して期待はしていない)
午前中は畑で里芋掘り。
父ちゃん母ちゃんと一緒に森の広場にある畑へ。
移植ごて(小さなスコップ)を持って
土を掘り返し、芋を見つけては嬉しそうに教えてくれる。
掘り起こした里芋をカゴに入れる。
里芋の大きな葉っぱで、トトロのマネ。
飽きてきたら、
傍にあった赤紫蘇の穂(種)を触って
手についた香りを楽しんで、
ごぼうの葉っぱに興味津々。
その後は、敷地内の軽トラに乗って運転手になったり
(母ちゃんは助手席に乗せられ、東京まで連れて行かれました)
菊芋の袋詰めを手伝ってくれたり、
敷地内で迷子になっていた鶏を見つけ、
一緒に軽トラで小屋まで運んだり、
ブランコやハンモックに乗って・・・
書いてみたら盛りだくさんの午前中。
お昼を食べた後は、母ちゃんと二人で過ごす。
母ちゃんは疲れで1時間ほどうたた寝・・・
その間は、部屋で本を読んだりパズルをしたり
その後、一緒にシャボン玉を吹いて
キックバイクに乗って、
その後は、近くの児童館でプラレールや遊具で遊んで、
次女のお迎え。
・・・そして夜も姉妹での遊びは続く。。。
子どもをみていると
今を生きていることを目の当たりにする。
その時、その時にしたいことをする。
心が動いたことだけを楽しむ。
何かを成し遂げる必要もないし、
今日中に済ませないといけないことなんて、ない。
あー、今日母ちゃんは本が読みたいのに、
Youtubeの〇〇見たいのに、Note書きたいのに、と
モヤモヤするタイミングもあったが、
一方で大人は(私は)、
「なんでいろんなものに縛られているんだろう」
「何になろうとしているんだろう」と、
変に恥ずかしい気持ちにもなった。
私にとっては学ぶこと、前に進んでいく感覚そのものが
心の栄養につながる。
「したいことを邪魔しないで!」と思ってしまうことは多々ある。
子どもと過ごす時間を、無駄な時間と感じていたことも、
正直なところある。
ただ、子どもはよくよく親を見ている。
親が子どもを大事にしてくれているのか、
無条件に愛情を注がれているのか
無意識に敏感に察知している。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?