時代の差 秋日和 (1960年製作の映画)
冒頭、葬式があり故人の友人三人(佐分利信、中村伸郎、北竜二)が未亡人(原節子)の娘(司葉子)の結婚の世話をする流れからの親子と結婚をテーマにしたコメディ。
古い映画は必然的に「今見ると違う」ものですが、とりわけ秋日和は(個人的に)小津映画中もっとも「今見ると違う」感を感じた映画でした。
父親の友人が、娘アヤ子(司葉子)に積極的に縁談をもってくるのは、未亡人となった秋子(原節子)への恋慕があるからでもあります。とりわけ間宮(佐分利信)と田口(中村伸郎)は、かつて秋子が勤めていた薬局に通い欲しくもない薬を買うほどぞっこんでした。間宮と田口は寡夫である平山(北竜二)に秋子を紹介すると言いながら紹介せずアヤ子と秋子の親子関係に混乱をもたらします。
率直に言って秋日和は、その構造を紐解くと間宮と田口が他人(秋子・アヤ子・平山)をだしにして遊ぶゲスい話と言えます。
今日では若い人に結婚をすすめるのはアウトですがそれは社会状況によってアウトなのであり、人は若い時に結婚して子供をつくるべきであるというのは間違っていないことだと思います。人類は男女がつがいになって存続してきたのでありその原始的な道理に良いも悪いも新しいも古いもありません。
われわれには自由選択が与えられていますが、たとえば40や50や60になってひとりで暮らしている男についてどう思いますか。世間ではそのような独り身の男が非道な事件をおこすことがしばしばあるせいで、もはや年配未婚男性はテロリストのようなものです。できるだけ目立たないように生きるほか道はありません。これは冗談ではなくじっさいに独り身男であるわたしが誰にも見つからないようにして生きているので本当のことです。
現代は結婚するにも高いハードルがあります。さらさらする気がなく、さらさらできる気がしないのは若い人だって同様です。結婚して住居をさがして子供を産んで、どれだけお金がかかるでしょうか、やっていけるでしょうか、まだムリだと考えているあいだに子供をうんだり子供を育てる年齢は超えてしまっているのです。
今は多様性などリベラルな考えが幅をきかせているので若い人に結婚をすすめるのがアウトになっているわけですが、この秋日和に描かれているように昔は若い人にくどいほど結婚をすすめたものです。やがて年をとると若いとき結婚すべきだったことがわかります。若いとき結婚するのが人生の真っ当な在り方・成長戦略だったことがわかります。人が結婚しないから人口が減り国力が衰退し暗愚な独身者が蔓延するのです。同性婚は生産性がない、そりゃその通りです。リベラルが国を滅ぼすのです。
純情すぎる親子関係にも違和感がありました。
アヤ子と秋子はとても仲のいい親子です。だいたい小津安二郎の映画には仲のわるい家族はいません。しかし世間はひろく、世の中には父母を憎んでいる子も、子を憎んでいる父母もいます。わたしは憎むほどではありませんが、仲はよくありませんし、一緒に生きてもいません。小津安二郎をレビューしてきて、そこに必ずあらわれる親子の情・家族の絆に共鳴しますが、じぶんの親子・家族とはぜんぜん違う世界です。家族とはわたしにとって言葉を交わすことさえうっとうしいものです。映画は自分にとって自分が達成しえなかった世界を見るものです。
正直けっこうきつい小津映画でした。アヤ子もガキっぽくてうんざりしますが、結局アヤ子と後藤(佐田啓二)の結婚と、一人残されて寂しい秋子という小津安二郎らしい情景に映画は落ち着きます。これは粗筋としては晩春(1949)の父娘が、母娘に置き換わった話と言え、実際そのように評されていますが、単純には置き換えられません。
不器量という設定でちょいちょい小津映画に出てくる常連女優の高橋とよが女将をやっている料亭で女房が不器量であるなら旦那は長生きするという野郎らしい会話があります。間宮と田口は器量に差別的で、かつ裕福で、すこし俯瞰して見ると秋日和は男達の奸計と、階級的優位性を感じる映画でした。これは小津安二郎よりも里見弴(原作者)のほうが色濃く出ている映画だと思いました。
とはいえ映画の中の親たちも今の若い子はじぶんたちの世代とは違うと嘆いてました。間宮と田口の細君(沢村貞子と三宅邦子)の会話です。
『まだあたしたちのときのほうがよかったわよ。せいぜい少女歌劇ぐらいにあこがれて』
『そうねモン・パリだとかすみれの花の咲く頃だとか』
『今何よロカビリーだとかプレスリーだとか、お花だってブリキにペンキ塗ったのが流行るわけよ』
『ほんと』笑い合う。
竣工間もない東京タワーと多数の赤い郵便車が並んでいる東京中央郵便局がでてきます。小津安二郎の普遍性よりも時代性を感じてしまった映画でしたが、この感想はまちがいなく少数派でしょう。
英題Late Autumn、mdb7.9、RottenTomatoes100%と86%。