一種のコメディ LOVE LIFE (2022年製作の映画)
むしろそこに陥るほうが難しいと思える状況に陥らせて哀切や情感をつづっていくのが深田晃司監督だと思います。
これもわりとインポッシブルな話だと思います。よこがおはコメディだと思いましたがこれもコメディだと思います。連れ子が不慮の死を遂げるにもかかわらずコメディというのは不謹慎かもしれませんが、矢野顕子のLOVE LIFEからこういう話をつくってしまうほうが不謹慎だと思います。
楽曲はモチーフなんだし、そこからどんな想像を拡げていこうと個人の自由ですが、甘いソフトな歌に、実は暗い悲しみが込められていると言いたい根性がイヤです。
淵に立つだって、そんな突拍子もない話ありますか──という話であって、なんでみんな揃いも揃って闇や奇禍へ落ちて行かなきゃならんのでしょう。
よこがおにしたって、レビューにわたしは──
『わたしの勘違いでなければ、この映画は、事件と甥のズボンを下ろしたという日常会話を伏線させ、モラトリアムな基子に、甥のちんちんにいたずらをした──と報道されてしまった叔母さんが、それを期に社会から爪弾きにされる話である。
火の無い所に煙は立たぬ──とは言うが、悲劇がないところに力技で悲劇をつくり出している。
しかも息子じゃなくて、甥だよね?なんか勘違いしているのかな。甥のわいせつに、しかも未遂に、なぜ叔母が、芸能人の不倫かと思えるほど多勢の報道から追いかけ回されるのか──解らない。
筋だけならコメディといって差し支えない──と思った。』
──と書いてますが「悲劇がないところに力技で悲劇をつくり出して」からの、あたしゃ虐げられた者ですよアピールたっぷりの叙情描写がイヤです。
星里もちるの本気のしるしにしたって、まるで深田晃司監督が書いたみたいな話で、深田晃司がそれを監督するのは合理だったと思うのです。
悲劇を描くのがダメと言いたいのではなく悲劇がないところに力技で悲劇をつくり出す手法に“作りもの”を感じてしまうわけです。
この映画でも、妙子(木村文乃)はわたしやっぱりあのひと一人にできないとか言ってパクについて韓国へ行ってしまいます。あほかおまえ。むろん役者さんたちに罪はないのですが。なんかこういうわざとらしさとあざとさのある悲劇をまじめな顔でやられているのがやっぱコメディだと思うのです。それだし田口トモロヲが演じている60代の男性にプラカードでサプライズするもんですかねえ。なんなんこのひとたち──という描写が諸処にあってやっぱコメディだと思うのです。
これがコメディではないというなら深刻ぶっていると思うのです。河瀬直美もそうです。すべての創作って、なにかからインスパイアされているわけでしょ。したがって深田晃司が矢野顕子のLOVE LIFEが好き──だからなんなのよって話。
クリエイター自身が深刻ぶるんじゃなくて、是枝裕和や濱田竜介みたいに技量や台本でペーソスを創り出すのが正道で、それが「ある視点」とパルムドールの違いだと思います。
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