『変身』〜ある朝の〜
ある朝、目覚めたら自分の上半身からかぐわしい香りがした。
香辛料のような、スパイシーな、鼻につく香り。
パジャマ代わりのTシャツと素肌の間から、臭ってくる。
そう、臭い。
香り、なんて素敵なものではなく、はっきりいって尋常じゃないくらい、臭い。
自分の体臭とは違うその臭いに軽くパニックになりそうになりながら、原因を考える。
臭いの記憶をたどる。
これは───
考えたくない、考えたくないが。
たぶん、カメムシ。
***
想像するに、夜中にライトの光に誘われ、ぶいーんと家に入ってきたのだろう。
うちは気密性の高い家ではなく、居間に蚊やムカデや、蝉、カナブン、ちっちゃいクワガタまで、毎日入ってくるなんでもござれの虫パラダイスなのだ。
光に誘われたカメムシはライトにぶつかり、床に落ちただろう。
そして寝ている私の体にたどりつき、Tシャツの隙間から中に入り込む。
暗く熱く湿った空気の、Tシャツという密室の中、逃げ場がなくパニックを起こすカメムシ。
カメムシは危機を感じると独特のにおいを出す。
そして自分の臭いに侵されすぎると、死ぬ。
***
それで、この朝の私の仕上がり、と推察した。
朝起きたら、カメムシ(の臭い)になっていた、からの連想で、カフカの『変身』のグレーゴル・ザムザのことを考える。
こんな気分か。
そうか?という気が自分でもしないでもないけれど、こういう愚にもつかない連想、想像は大事にしたい。
その後、すぐにお風呂に入り、さっぱりはしたけれど、カメムシの強烈な残り香は記憶にこびりついている。
Tシャツについたカメムシ臭は1回洗っただけでは落ちないことを発見した。