名探偵コナン最終回③ 哀が愛へと変わるとき
黒ずくめの組織「ナイドバロン」との戦いが終わったあと、コナンと灰原はロスアンジェルスに移住して暮らしていた。FBIの赤井秀一が二人の保護者、後見人となっていた。二人は昼間小学校に通い夕方からは江戸川探偵事務所で探偵業に従事していた。正真正銘の小学生探偵である。コナンは主に赤井秀一の持ってきた未解決事件ファイル、通称Xファイルの解明に全力を注いでいた。灰原は資料の分析、事務処理、電話番、掃除洗濯など家事全般こなし相棒としてコナンをサポートしていた。また元の姿に戻るための解毒剤の開発を行っていたが、難航していた。何度かコナンに試験薬を投与したものの、使う度に大人に戻れる時間が短くなっていき、副作用で一日寝込むことも多かった。解毒剤への耐性が出来たらしい。
12月24日。コナンは午前中からロス市警に行っていた。自分を轢き逃げした犯人が防犯カメラに映っていたのでそれを確認するために呼ばれたのだ。コナンを轢いた犯人の画像を確認中したあと、膨大なデータの中から一致するものを探した。それが終わったあとは未解決事件の捜査資料を読み込んで犯人探しのアドバイスをしていた。
ロスアンジェルス 江戸川探偵事務所3階住居
灰原はクリスマスのご馳走とプレゼントを用意して待っていた。子供用の純白のドレスを着て。
しかし夕方7時を過ぎてもコナンは帰って来ない。不安で胸が締め付けられそうになりながら、コナンのスマホに電話を掛ける。しかし何度掛けても繋がらない。
「バカ……クリスマスなのに」
待ちくたびれた灰原はテーブルの上に突っ伏して物思いに耽った。記憶の糸を手繰り寄せる。
コナンと初めて出会った日のこと……それから……コナンの胸で泣き崩れたこと……それから……コナンを好きだって気づいた日のこと………それから……コナンの笑顔で救われたこと……次々と思い出が胸に去来する。哀しいことや辛いこと。そして楽しかったこと。いつも間にか涙が止めどなく溢れてきた。今まで流した涙は哀しい涙。……この涙は幸せの涙?
その内暖房の暖かさと、昼間の疲れからくる睡魔に襲われ寝息をたて始めてしまった。
夜10時過ぎ。
玄関を開けてコナンが帰ってくる。
「わりー灰原。すっかり遅くなっちまった」
外は粉雪が舞っていてコナンのジャンパーを濡らしていた。急いで玄関から廊下づたいにリビングに来るコナン。
テーブルには灰原が突っ伏して眠っていた。
「なんだ、寝てんのかよ」
テーブルの上には七面鳥やクリスマスケーキが置かれ透明な覆いが被されていた。
「そういや今日はクリスマスか。ご馳走作って待ってたんだな」
ドレス姿の灰原をじっと見つめるコナン。灰原の頬に涙の跡がきらめいていた。
「こんなとこで寝てっと風邪引くぞ」
灰原の肩を揺するが起きる気配がない。仕方なくコナンは椅子を引いて灰原を抱き寄せると、お姫様だっこで持ち上げ寝室へ運ぼうとした。コナンと灰原は別々の部屋で寝起きしている。
運ぶ途中、廊下でよろめくコナン。
「ん? ……けっこう重いんだな」
「💢ちょっと! 勝手に触らないでくれる。エッチ」
慌てて降ろすコナン。彼女はジト目になって不機嫌そうだ。
「なんだ。起きてたのかよ」
「今起きたのよ。随分遅かったじゃない」
「わりーな。ロス市警からオレを轢いた犯人が防犯カメラに映ってたって連絡があってよ。それの解析をしてたんだ。ついでに未解決事件の捜査資料読ませて貰ってよ。犯人らしい人を教えてたんだよ」
「その話はいいの。あなたこの所ずっと事件に夢中で少しも私を見ようとしないじゃない。そりゃこっちは銃社会だし、日本とは比べ物にならないぐらい魅力的な事件があるでしょうけどね。クリスマスぐらい家にいなさいよ!」
「まあオレは少しでも事件を解決してだな。平和な街になって早く元の姿に戻れるように」
「言い訳なんか聞きたくないわ。……ねえ江戸川君。あなたなんでロスまでついて来たの? あのまま米花町にいても良かったのよ」
「バーロ。おめーが心配だからに決まってんじゃねえか」
肩をすくめる灰原。
「心配してくれてありがと。だけど江戸川君。年頃の男女が一つ屋根の下で暮らす意味、分かってる?」
「あったりめーだろ。好きじゃなきゃ一緒に暮らしたりなんかしねーだろ普通」
「本当? ……本当に私のことが好きなの?」
コナンに詰め寄る灰原。
「ああ。おめーのことは好きだよ」
「それって相棒としての好きじゃなく、恋愛としての好き?」
「ああ、恋愛としての好きだ」
「だったらその……。キ、キスぐらいしてみなさいよ!」
真っ赤になる灰原。
「え? マジでキスしていいのかよ?」
「い、いいわよ」
見つめ合うふたり。ごくりと唾を飲み込むコナン。
目を瞑る灰原。そっと顔を近付けるコナン。
コナンの唇が灰原の唇に触れそうになったその時。ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「ちっ! 誰だよこんな夜遅く」
「サンタさんかしら?」
コナンが渋々廊下づたいに玄関へ行ってドアを開けると……。
「メリークリスマス! コナン」
そこにはサンタクロースの格好をした服部平次と遠山和葉がいた。服部は色黒の顔に白い付け髭を付けている。和葉はミニスカートだ。
「は、服部! それに和葉ねえちゃんまで」
「よーコナン君。哀ちゃんもおるねえ?」
「コナン。おまえどうせ事件に夢中で今日がクリスマスっちゅうこと忘れとったんやろ?」
「え? あははは」
「どや、図星やろ。どうせプレゼントも何も用意しとらへんのとちゃうか?」
「ははは……(うるせーのが来やがったぜ)なんでこんな遅くにロスに来たんだよ?」
「オレと和葉はな。大谷翔平選手のMVP受賞記念に鈴木の嬢ちゃんがロス行くゆうさかい、身辺警固でついて来たんや。なんぞ事件が起きんとも限らんからのォ」
「蘭ちゃんと新一君も来とるで。今ごろ高級ホテルでディナーや」
「まあ、あの二人は水入らずっちゅうことや」
「園子ちゃんは京極さんと倉木麻衣のクリスマスコンサートやしな」
「ははは。そりゃ楽しそうでいいね」
そこへコナンの後ろから灰原が現れる。
「あら、いらっしゃい。和葉さんに服部さん」
「きゃードレスやん。むっちゃ可愛いなー。メリークリスマス哀ちゃん」
「メリークリスマス和葉さん、服部さん」
「今、噂してたんやで。コナン君、事件に夢中でクリスマスプレゼント用意しとらへんのとちゃうかって」
腕を組んでにジト目になる灰原。
「どういうこと? 私はね。ネットで見つけた『D坂の殺人事件』の初版本、用意してあげたわよ。あなたが喉から手が出るほど欲しいって言うから」
「あの、それは……」
「ここはオレに任せとき……」
コナンにそっと耳打ちする服部。
「え?」
「あのな嬢ちゃん。嬢ちゃんへのクリスマスプレゼントならちゃんとここにあるで。コナンに頼まれて日本から持って来たんや。フサエブランドのイチョウのブローチ。なあコナン」
「はは。そうだね。ありがとう平次兄ちゃん」
灰原に赤いリボンの付いた小箱を渡す服部。
「あら。……ありがたく頂くわ」
明るい表情になる灰原。
「わりー服部。恩に着る」
そっと耳打ちするコナン。
「このことはひとつ貸しやで」
「あんた、何コナン君とひそひそ話しとんねん」
「なんでもあらへん。男同士の秘密の会話や」
「なんややらしいなー。前にもそんなこと言わへんかった?」
「そ、そうかなー」
「せや、コナン君にはあたしから。『探偵左文字』シリーズの最新刊やで」
白い袋から、包装されたコミックを取りコナンに渡す和葉。
「やったー。ありがとう和葉ねえちゃん」
「これ、ロスじゃ手に入らんやろ」
「そうなんだよー。輸入も出来なくてさ」
「あの、こんな所で立ち話もなんだしどうぞお上がり下さい。夕飯はまだなんでしょ?」と灰原。
「せや、実はな。今まで鈴木財閥の大谷選手MVP受賞御礼企画っちゅうのことで、ロスのぼんたちに日本のおもちゃ配っとたんや。只でホテル泊まさして貰う代わり、ボランティア頼むーゆわれてな」
「そうなんよ。さっき終わったばっかで何んにも食うてへんから腹ペコやわー」
「そっかー。だから二人共サンタさんのかっこうなんだね」
「せやで。どう、似合っとる?」
「ええ、とってもキュートでチャーミングよ。服部さんとお似合いね」
「いやーん。哀ちゃんにほめられてもうた。照れるわー」
両手を頬っぺに添えてにっこり微笑む和葉。
「さ、どうぞ中へ入って」
「お邪魔しまーす」
四人は廊下づたいにリビングに行くとテーブルに座った。
テーブルの上には灰原が用意したご馳走が並べられている。
「うわー七面鳥にクリスマスケーキ。こっちにはステーキまで。豪華やわー」
「誰か来てもいいように多めに用意したの」
「えらいなー哀ちゃん」
「なんやまだ手え付けてへんやないかい」
「ええ、江戸川君が帰るまで食べずに待っていたの。そしたら私、居眠りしちゃって」
「いやーん。哀ちゃんむっちゃ健気やわー」
「こらコナン。嬢ちゃん待たせんとはよ帰らんかいボケ」
「ははは。……つい未解決事件の資料に夢中になっちゃってさ」
「もういいのよ。今コーンスープ温め直すわね」
スープを持ってキッチンへ向かう灰原。
「あ、哀ちゃんあたしも手伝うー」
グラタンの皿を持ってキッチンへ向かう和葉。
テーブルにはコナンと服部が向かい合わせに残った。
「……いやーさっきは助かったぜ服部」
「おまえ、いくら推理オタクゆうても今日がクリスマスっちゅうことを忘れるとは重症やで」
「ははは。灰原のやつ何にも言ってくんねーしよ」
「そりゃ秘密にしといて驚かせよっちゅう女心やで。ようそれで愛想尽かされんのォ」
「るせー。余計なお世話だよ。おまえこそ和葉ちゃんと進展あったのかよ?」
「おう。あったでー。ついに告ってやったわ」
「マジかよ! やるじゃねえか服部」
「おう。バシッと決めたったわ。大阪の街のてっぺん。浪速ハルカスの展望フロワでな。真っ赤な夕陽を背にしてのォ。(ホンマは独り言ゆうてんのを後ろから聞かれただけやけどな)」
「そんじゃおめーら、正式に恋人同士だな」
「せやでー。(よっしゃ今夜こそ和葉とチューしたるで。そんでそのあとは……)」
「何にやにやしてんだよ」
「は? な、何でもないわ! おまえこそ灰原嬢ちゃんとチューしたんやろな?」
「しようと思った所におまえが来たんだよ!」
「なんでやねん!」
そこへエプロンを掛けた和葉が温め直したグラタンを手袋で掴んで運んで来る。
「なんや楽しそうやなー。何話てん?」
「コナンと灰原嬢ちゃんのおのろけや」
「さよかー。あたしも哀ちゃんに聞いたで。コナン君、最近哀ちゃんに冷たいらしいな」
「そんなことないよ。僕はただ赤井さんが持ってきた未解決事件ファイルを解くのに夢中で忙しかったんだ」
「あのなコナン君。そーゆーのを釣った魚に餌をやらんっちゅうんやで。なあ平次」
目を光らせて服部を睨む和葉。
「せ、せやなー」
冷や汗を流す服部。
そこへコーンスープのカップの乗ったお盆を持って灰原が戻ってきた。
「お待ちどおさま。さ、温まったわよ」
コーンスープをテーブルに並べる灰原。
「おおきに嬢ちゃん」
四人は着席して並んだ。
「ではみんな揃ったところで頂きまーす」
音頭を取るコナン。
「頂きまーす」と一同。
腹ペコな四人は黙々と料理を食べた。
「うん、うまいのォ」
ガツガツ食べる服部。
「哀ちゃん料理上手やねー。コナン君が羨ましいわ」
「いいえ。ほとんどケータリングよ。私が作ったのはグラタンとコーンスープだけ」
「いやーごっつうまいでーこのグラタン」
「いいお嫁さんになりそうやね」
赤くなってうつ向く灰原。
「せや。今ごろ、ウォルトディズニーコンサートホールで倉木麻衣のコンサートやっとるはずやで」と服部。
「園子ちゃんと京極さんが観に行っとるはずや」
「ディズニーチャンネルね。映るかしら?」
「どれどれ」
コナンがリモコンを取ってリビングの前にあるテレビを点けて暫くザッピングすると、ちょうど倉木麻衣が歌ってる所が映った。
「あ、映った。生放送だね」
「ホンマや」と服部。
「Winter Bellsやな♪」と和葉。
クリスマスソングに聴きいる四人。
服部はテレビよりも和葉の顔を凝視している。
「ん? 平次何じろじろ見てん?」
「いやなんかおまえの唇光ってんなあ思うてな。天ぷらでも食うたんか?」
「アホ! リップや!」
笑い出す灰原とコナン。
「ほらー哀ちゃんとコナン君に笑われたやないの。アホ平次」
「すまんすまん」
「ふふふ。まるで夫婦ね」
「夫婦漫才だね」
「言わんといてー。ほれ、アメちゃんあげるからふたりで仲良う舐めるんよ」
和葉は上機嫌でふたりに飴玉を渡した。
そのまま四人は談笑したり、カードゲームに興じたりして楽しいクリスマスイヴの夜を過ごした。
「ナイドバロン」が壊滅する直前、組織を裏切りFBIの犬になったベルモットは、彼らの保護という名目で二人の生活を観察していた。今日も洋館の一室で、江戸川探偵事務所のあちこちに仕掛けられた隠しカメラのデータをモニターに映し、盗聴器から送られてくる音声をスピーカーで流しながら、リビングの様子を観察していた。右手に煙草、左手にワイングラスを持ちながら。
そして四人の会話に目を細めながら幸せな気分に浸っていた。そうやってイヴの夜を一人寂しく過ごしている現実から逃れるように……。
そのうち彼女はあることを思い付いて楽しくなり、興奮して思わず呟いた。
「私も幼児化しようかしら! そして二人と同じSchoolに通うのよ……シェリーの恋敵になって、二人の愛を試してみるのもいいわね」
しかしそうやって二人の様子を観察しているベルモットもまた、赤井秀一によって隠しカメラと盗聴器で監視されていた。組織を裏切り司法取引によってFBIの一員になった彼女には、まだ重大な秘密が隠されていると彼は睨んでいた。そのため彼女が二人に固執している状況はかえって都合が良かった。
また彼は二人のプライベートを守るため、ジャミング電波発生装置をコナンに渡してあった。いざという時は通信を遮断することが出来る。また隠しカメラの死角の位置もコナンに伝えていた。そのことをベルモットは知らない。
彼は潜伏している工藤優作邸の地下室で、バーボンを飲みながらベルモットの様子を根気強くモニターで観察していた。
そしてついにベルモットが発した独り言を、盗聴器で捉え不適な笑みを浮かべた。
「……見せてもらおうか。おまえの秘密とやらを」
夕食後、すでに深夜1時を回っていたので服部と和葉には客間に泊まって貰うことにした。
灰原はシンクで皿を洗っている。コナンは服部と和葉のあとに風呂に入ってパジャマに着替え、灰原に声をかけて自室に戻ろうとした。呼び止める灰原。
「ん? どうした灰原」
「ねえ、江戸川君。……もしもよ。このまま解毒剤が完成せず、元の姿に戻れなかったらどうする?」
「あ? 別にいいぜオレは。そうなったらもう一度、小学生から人生やり直すさ。おめーとふたりでな」
「そう。……これからもよろしくね。江戸川コナン君」
ふたりは固い握手を交わした。
「おう。おめーはオレが、ずっと守ってやっからよ」
「ありがと」
ふたりはそのまま心の中で語り合った。口に出さずともテレパシーのようにお互いの言葉が分かった。
(ねえ江戸川君。私、ずっと前からあなたを愛していたのよ。知ってた?)
(バーロ。とっくの前に気づいてたさ。オレもおめーのことがずっと好きだったんだぜ)
(そう。……良かった)
急に灰原の瞳から涙が溢れ出した。ぬぐってもぬぐっても溢れ出てくる。
コナンは灰原の涙が止まるまでやさしい眼差しで見守った。今のコナンには灰原の気持ちが手に取るように分かる。
「……もしかしてうれしくて泣いてんのか?」
「バカ……そんなんじゃないわよ。……あなたのせいでちょっとナーバスになっただけ」
「おめーホント可愛くねえよな」
「うるさいわね」
灰原は涙を拭うと幸せそうに笑った。
みんなが寝静まった深夜。うれしくて眠れない灰原は部屋の明かりを点けると、窓辺に飾ってあった写真立てを手に取ってじっと見つめた。そこには事件に巻き込まれて亡くなった姉、宮野明美が写っていた。彼女は心の中で姉に向かって語りかけた。
(お姉ちゃん。私、やっと自分の居場所を見つけたわ。お姉ちゃん言ってたよね。『心配なのは志保……あなたの方よ! いいかげん薬なんか作ってないで恋人の一人でも作りなさいよ!』って。今、やっと実現できたの。まさかこんな日が来るなんて思ってもみなかった。意地悪なサメは人気者のイルカに勝てっこないってずっと思ってから。
だけど私の愛した人には腹違いの兄がいたの。彼、ずっと私を騙していたのよ。二人で一人の振りをして……。信じられる?……私を守るためのやさしい嘘。
お姉ちゃん……。私、お姉ちゃんの分まで幸せになるからね。ずっと見守っててね)
灰原は姉の写真が微笑んだような気がした。
※名探偵コナンのパロディです。
※トップ画像は TV 名探偵コナン ED「Sissy Sky」/宮川愛李 のジャケットの画像を引用しました。
※ベルモットの画像は劇場版名探偵コナン 漆黒の追跡者 煙草を吸うベルモットで検索して出てきた画像を引用しました。
※宮野明美の画像はネット上で拾いました。エンディングテーマの映像のカットです。