悪は存在しないー深い森に迷い込む
エンドロールが始まってしまってからずっと心の中で叫び続けていた。
ちょっと待って置いて行かないで!
出口の分からない深い森の中にひとりぼっちで置き去りにされたような心許ない気持ちでふらふらと映画館から何とか這い出した。
森の出口を指し示してくれるかも、という淡い期待を持ってパンフレットを買いに売店に行ったが、売り切れでさらに絶望した。
思えば、冒頭からずっと不穏だったのだ。
延々と続く木々を仰ぐショット、どこに向かっているのか分からない、見上げた視線のままカメラは動き続ける。
唐突に途切れる音楽。
急に主観が切り替わるカメラワーク。
登場人物たちの抑揚のない不自然な自然さ。
ドライブマイカーの時もそうだったのだけど、あの独特の役者たちの演技は演出なんだろうか。
一歩間違えると大根役者にも見えるような感情を消したやり取り。でもギリギリのところでただのヘタな演技では無い、底知れない不気味さを感じさせるのだからすごい。
舞台は静かで水の綺麗な田舎町。コロナ禍での助成金を取る為に芸能事務所が苦し紛れで杜撰なグランピング計画を持ち込む。
それが地元住民に緩やかに影響し波紋が広がっていく。
都会から来た、田舎者を舐めているのが隠せていない芸能事務所の社員。
こいつらが悪!と言いたいところだけど、どうやらそうでもない。
淡々と指摘を受け反省したり、なんなら感銘を受けたりする様を見ていると憎めない。
都会から来て、薪を一本割っただけで田舎を好きになった気になり、野生の鹿と触れ合えるの素敵じゃないですか、なんて呆けたことを言えてしまう、すごく都会人を浅はかな人間みたいに風刺してるようにも感じるけど、自分の中にもその片鱗がある気がしてドキリとする。
悪は存在しない。
安直に誰かを悪にしたくなっても、その度にこの映画のタイトルが頭を過ぎる。
芸能事務所の社長も、仕事できる風なコンサルも、村人たちも、正体不明の主人公も。
こいつが悪なんじゃないの?
ねぇ、そうですよね?こいつが悪ですよね!?
と答えを求めたくなっても、タイトルに引っ張られるように、本当にそうなのか?と、ぐるぐる考え続けてしまう。考えると、いや、確かに悪と言い切れるものなんて、この世に無いのかも知れない、と思う。
でも私は答えが欲しくなって、苦しくなってしまう。あの不穏な渦に飲み込まれたままのラストを目の当たりにすると。
見終わった後も、ずっと考えろ、ということなのかも知れない。
世界はシンプルではなく、グラデーションで、あやふやで不確か。悪を作り上げて、決め付け責め立てて安心したい自分の単純さを突き付けられる。
悪は存在しない?本当に?
私はまだ深い森で迷子のままだ。