まあ蔵月に行く(後半戦)
3001年 月への移住本格化
3011年 月面自治区承認
3013年 月面独立戦争勃発
3016年 月面独立国家承認米反対
3020年 まあ蔵村上商事に入社。
何てこった。俺ハワイにも行ったことないのに。月なんてあんまりだ。確かにどっかフツーじゃないとこがあるなぁ。なんて思っていたけど、月ですぜ月。あのお月さんですぜ。どうすりゃあいいんだよ俺は。それも話し聞いたら月の名家のお嬢で、相手も月面財閥かなんかのエリートらしいじゃねぇか。なんだよそれ。どうしようもねぇじゃねぇか。
俺なんてなんでもねぇじゃねぇか・・・。
言っとけば良かった。駄目でも一言。
最後の別れくらい・・・。
まあ蔵が布団から跳ね起きたのは正午を既に回っていた頃であった。「ああ。」と思いそのまま倒れこもうとした時、あたりが異様な風景になっているのに気がついた。
無数の空になった酒の空き瓶
山のようになった灰皿とタバコの煙
そして外国人風のおっさん達
おっさん?
「あのー。何やってるんですか?」
「見ればワカルデショ。オイチョカブヨー。」
「ああ。」
「いやー。そういうことじゃなくて。」
「シッピーン!」
「クッピーン!」
「あのー。」
「ハイ!カブー!」
「アア。バンバン着信キテタケドー。ケシトイタカラ。」
「ああ。」
「何ーーーーーーーーーーーーー!!!」
「終わった。参った。きっと会社からだ。無断欠勤というやつだ。いや、別にいい。もうどうだっていい。田舎に帰って家の手伝いでもやろう。その方が俺には向いている。
でもその前に。
「あのー。」
「ハイハイー!」
「なんでここにいるんですか?」
「ソリャアンタガ。」
ぴっと札を切る。
「月にツレテイケッテー。」
「はあ。」
「叫んデタジャナイノー。」
思い出した!昨日の記憶といえば飲み屋で変な外国人達と酔っ払って叫んでいたんだった!」
「ah ジャアソロソロイキマショウカネ。」
おっさんたちは部屋の片付けもせず俺を担ぎ上げ、外に停めてあったバンに放り込んだ。バンは走ること30分くらいで目的地に到着する。
「アー。マッテタヨキノウノヒトー。」
待っていたのは体の大きな老人とこれまた屈強そうな男2人。
「ワタシが房道龍(ファン・ダオロン)ジャ。マッテタヨポンユウ。」笑顔で話す。
「助手の李(イ)です。」がっちり握手を交わす。
「チャナ・ポーパオインデス!」宜しくお願いします。
そこまで言うと彼等は急にやめろと叫ぶ俺をまた担ぎ上げ後方にそびえ立つ鉄塊。ロケットの中に放り投げ、外側からがちり。と鍵を閉めた。ひとつだけある丸い窓から3人が笑顔で手を振る姿が見える。
ロケットの突き当たりにはコックピットのようなものがありそこには赤いボタンで
「飛べ。」
とだけ書いてある。
ここまで来ると俺は何かを悟った気持ちになりその赤いボタンをばしっと叩きつけた。
そうするうちに機械的な女の声で、ロケットはカウントダウンを始め、0の合図とともに俺を成層圏まで一気に連れていった。
ロケットに積んであったビールやらお菓子はあらかた食べてしまって、ひっくり返って窓から星を眺めていた。
少し前に泣きながら酒を飲んでいた男が今では宇宙で星を眺めている。これからどんな目に会うかわからないがおそらく月のあのひとの所へ向かうのだろう。そう考えると何を考えたらよいのかよくわからない。
「俺は行く。愛する人に別れを告げるために。」
ロケットは月面都市から遠く離れた暗がりに優しく埋もれていく・・・。
ロケットが降り立った場所は貧民街である。大都市によくある光景。美しいものはより美しく、そしてその周りには光にたどり着けなかった人々の住処。古くくたびれた遊具のある公園にロケットは降り立った。それを数人の男女が取り囲む。
外側から鍵が外され、扉が開いた。なんだか見覚えのある目尻の鋭い男が挨拶する。
「私は崔堅(ツゥエ・ジェン)。月代(イゥェダイ)の兄だ。急ごうか。あまり時間がない。」
小走りで走りながらいろいろな事を聞いた。今日開かれる晩餐会で、月面の代表者達が集まり、そのなかの1人の息子と月代さんとの結婚が正式に発表されると言う事。それに乗じて仕掛けるクーデター。
唯一顔が知られていない俺の役目は混乱している最中に飛び込んで月代さんを救出する事であった。俺が選ばれた理由について、堅は笑顔でこう言った。
「それは房(ファン)先生が選ばれたからだ。お前が酒場で妹の名前を叫んで暴れていたのを聞いて、ご自分のかわりにお前を選んだということだ。あとはお前らに任せる。向こうには私の両親もいる。上手くいくといいがな。」
口の端だけでにやりと笑い、堅達の部隊は左右に分かれた。俺の他5名は、内通者と連絡を取り排気ダクトに潜り込んで行く。言われたとおりに進んでいくと晩餐会会場の真下に来た。
あとはドンパチ始まったら娘を1人さらって逃げるだけ。暫くここで待てばいい。あ、今の月代さんかな。よく見えん。おいちょっと。もう少し・・・。
排気口の蓋は古く重みに耐えきれず、まあ蔵もろとも落っこちた。その衝撃に会場にいたすべての人たちの視線がまあ蔵に降り注ぐ。
まあ蔵は腰の痛みに顔を引きつらせながら正に目の前にいる月代さんにあいさつする。
「はは。おめでとうを言いに来ました。」
全宇宙の時が止まったその瞬間、と同時に黒い戦闘衣装を身にまとった堅達が窓を突き破ってなだれ込み、会場全体が銃声と怒号と悲鳴で何が何だか・・・。
あとで聞いたのだが、月代さんのお父さんはあの婚約発表会が悪い夢で良かったと話していたらしい。月代さんのお母さんも空から突然人が降ってきたと言ってはケラケラ笑っていたそうだ。
俺が全員の注目を惹きつけたことによってひとりの死傷者も出さずに成功することが出来たと月代さんのお兄さん達にはえらく感謝された。しばらくゴタゴタはあるだろうが国民のほとんどが新政府に好意的であるため、次第に落ち着いていくことだろう。
俺はというと相変わらず地球でサラリーマンをやっている。所長の理不尽さも相変わらずで、お父さんに頼んで暗殺して頂こうかななどと考えながら。月代さんとは遠距離で今は月に1回くらいしか会えないが、そのうち俺の実家にも招待して月を支配するのも悪くないが、向こうが良ければ実家の農家を継ごうかな。とも考えている。
了
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?