今は見えない親友へ、レモンキャンディ
専門学生の頃
一緒にクラブに行ったりイベントの企画をしたり、行くあても無く夜中のドライブしたり、朝まで語り合ったり潰れるまで呑んだり….そんな親友がいた。
お互い社会人になってからも頻度は減ったけれどそれは続いていて、大人になりたての愚痴や近況報告もしつつ、当時はポケベルと手紙でやりとりしていた。
そんなある日、彼女から
「いまちょっと好きな人がいるから会って欲しい」と言われて
後に彼女の旦那さんになる人とその友達との4人で、食事会と呼ぶには色々と砕けすぎている会をした。
帰りに「ゆりこはどう思う?」と聞かれて「すごく良い人だと思う!」と即答した。
レストランウエディングの結婚式では私と旦那さんの友人が仲人のように高砂側の席に座り
当時、婚礼のヘアメイクだった私は花嫁の支度もした。
彼女のお兄さんや家族とも久しぶりの再会で最高の披露宴だった。
そしてしばらくして彼女は妊娠して、その頃、私は独立して自分の会社で切磋琢磨する日々を過ごしていた。
なかなか会えなくなり、その間に女の子が産まれたと聞いて、出産祝いは郵送して
今は大変だろうから落ち着いたら会いにいこうと思っていた。
嘘じゃない、本当にそう思っていた。
ある日、私の仕事である講演の前に彼女のお兄さんから携帯電話に着信が来ていた。
講演が終わったらかけ直そうと、私はいつもの調子で仕事をして、帰り道でお兄さんに折り返した。
そしてお兄さんの話を聞いて
私は講演用の白いスーツのまま、彼女の地元に向かった。
私が呑気にお金のための時間を優先している間に、親友が亡くなっていた。
正直、どうやってそこにたどり着いたのかよく覚えていない。
駅員さんに教えてもらった通りに行ったんだと思う。
そこには信じられない姿の親友がいて
正直、怒りにも似た感情で涙も出ない場違いな白いスーツで立ったままの私にお兄さんがそっと、外で一服しようと誘い出してくれて
彼女の子供が突然死してしまい、それで鬱状態になっていた彼女は「私がいてあげなきゃ」と、娘のところに行ってしまったと教えてくれた。
娘が亡くなった事は友達には言ってなかったから、その時に連絡しなくてごめんとも謝られたけどそれは当然だと思う。
誰も悪くない。
悪い人がいるとしたら、親友なのに変な気を遣って連絡しなかった私だと思った。
自殺がいい事だとは思わない。
特に親や旦那さんの様子を見る限りは最大の不幸だと思う。
だけど、彼女が良かれと思ってした行動を私は否定できない。
会えなくなっても私は親友だと思っていた。
どうして、また、「ゆりこはどう思う?」って聞いてくれなかったの?
でも私は彼女の結論を否定しない。
親友だから。
と、思ってまた日常に戻ってからは
誰にも言えずに何もなかったかかように「社長」を演じた。
頭の中には常に親友への問いかけと、自分はこれでいいのかという疑問が行ったり来たりしていた。
そんな中
夜中に何気なく動画サイトを聞き流しながら事務作業をしていた時に流れてきた
学生時代に親友が大好きだったCHARAの中でも、車でも家でも覚えてしまうくらい耳にしたのに何言ってるかわからなかった曲が流れてきた。
https://youtu.be/0d7bh2lz9OM?si=v1d5bEO2a_gZnrI4
〜青空がいいかげんじゃ おいかけてまもってよ
がんばってあつめた レモンキャンディ
青空のスキな子に 愛のカギをさがしてよ
笑顔にかえて レモンキャンディ〜
涙が溢れてきて、初めて震えるくらい泣いた。
〜風と マーブルの塔を ピンクのゾウがまもってる
むこうの世界には 夢とギターであいしてるってうたう人たち〜
…今頃、彼女は娘さんとサイケデリックな向こうの世界で幸せに歌でもうたいながら暮らしているだろうか?
〜頭の中 心の中 絵でみたボクらは
いろんな大人たちの 点をむすんで旅していくんだ〜
…大人と子供の境目で出会って一緒に過ごした私たちはどんな未来を想像していたっけ。
私はこれからも生きていくし、彼女は向こうの世界で幸せならそれはそれでいいのかもしれない。
〜あいたいときにはうたって 想うのよ
青空がいいかげんじゃ おいかけてまもってよ
がんばってあつめた レモンキャンディ
青空のスキな子に 愛のカギをさがしてよ
笑顔にかえて レモンキャンディ〜
何度も何度もリピートして、わんわん泣いて、今はもう見えない彼女とまた当時のように朝まで語り合った気がした。
あれからしばらく、この曲は聴けないでいた。
今でも聴くと涙が止まらなくなる。
でも、これからもずっと親友だから、いつかまた会える時が来たら「あの曲、なんて言ってるかやっとわかったよ!」って言うから笑ってね。
〜光るわ 光るわ きえないでね
光るように 光るように 光るように 光るように
光るように 光るように 光るように 光るように…〜