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私の読書室へようこそ

「『無』の思想」(森三樹三郎)を読む。
 学生時代に読んだ本だが、改めて読みなおしてみた。あちこちに傍線が引いてあったが、その個所は今読んでも同じように共感できた。それだけ私にとって印象深い本、ということだろう。中国の老荘思想系譜を無為自然と有為自然に分類し、それがどのように変遷したかをわかりやすく解説している。
 
老荘思想が日本の禅宗、親鸞、本居宣長、芭蕉にも影響を与えているという指摘は新鮮であった。老荘の「無」の思想は、仏教哲学にもつながるものがあり、これらの東洋思想は私にとって西洋思想よりも親近感があり、よく理解、納得できるものである。(2021年11月9日)


「金閣寺の燃やし方」(酒井順子)を読む。
 1950(昭和25)年7月2日、当時21歳だった一人の修行僧(林養賢)の放火によって金閣寺が焼失した。この事件を題材にして、三島由紀夫が「金閣寺」を、水上勉が「金閣炎上」を書いた。本書は、二人がなぜこの作品を書いたのか、その背景を両者の生い立ちからたどって、内容を比較分析したものである。そこには対照的な二人の精神世界があった。

「理をもって、表から養賢へと近付いた、三島。情をもって、裏から養賢を理解しようとした、水上。その二人の作家がすれ違った場所こそ、京都は北山、金閣寺。金閣寺放火事件は、水上の情と三島の理、二人の大作家の最も敏感な部分を、強く激しく刺激する出来事だったのです」。(「表」とは「表日本」、「裏」とは「裏日本」、三島と水上が生まれ育った場所のこと)

「変貌しない世界に対する、絶望。その結果としての、行動。……三島の自決は、溝口(林養賢ではなく)による金閣寺への放火と、どこか似ている行為であると、私は思うのです」。

「三島『金閣寺』は、最初金閣を美しいと思わなかった溝口が、やがて燃やさなくてはならないと思うほどの美を金閣に見るようになった、その過程を明らかにする小説です。水上が無視した美の問題を三島が書いたのではなく、三島が美の問題のみを書き尽くしたからこそ、水上は美以外の部分の金閣寺を描いたのです」。

「燃える前の金閣寺を特に美しいと思っていたわけでなく、上空から見たような観念上の美の物語として『金閣寺』を書いた、三島。そして、金閣寺を見ても、『どんな人がどんな苦労をしてこれを作ったのか』と思い、下から金閣を支えていた庶民の労苦に美を見る、水上。それぞれの美意識の上に成り立つ両者の作品は、同じ事件を題材にしながらも、全く違う方向を向いた小説なのです」。

「私は、本書において、裏日本を体現する作家である水上勉の湿り気と、表日本しか見ようとしなかった三島由紀夫の乾き方とを比較しようとしている」。
「三島は『隠す人』であり、水上は『見せる人』であったという対比をすることもできましょう」。
「戦後の時代を生きる私達日本人は、三島的な部分と水上的な部分をそれぞれ、精神の中に持っているのではないかと思います」。

「三島由紀夫と、水上勉。二人の心象風景は、荒野と汁田なのではないかと私は思います。水上作品に度々でてくるのが、日が当たらず水はけの悪い汁田。(中略)三島の心にあるのは、広大な荒野なのです。汁田とは全く異なり、湿り気がまるでない、からからに乾いた、生き物もいなければ植物も生えない、荒野。三島はそこに、一人で佇んでいます」。
 
金閣寺放火事件を描いた作品を通して、三島文学と水上文学の特徴を見事にとらえている。文章もわかりやすくて読みやすい。分析力に感心した。(2021年12月27日)


「井筒俊彦 叡智の哲学」(若松英輔)を読む。
 哲学者井筒俊彦の思想がどのように形成されてきたかを詳しくたどった評伝である。難解な井筒哲学がわかりやすく紹介されている。イスラーム哲学、言語学、心理学、東洋思想など幅広く思考を巡らせた井筒は、まさに「叡智の哲学」者と呼ぶにふさわしい深さを持っている。

「『神秘哲学』と『意識と本質』を繰り返し読めば、彼の他の著作を読まなかったとしても、井筒俊彦という人物を読み誤ることはないだろう」。

「『存在はコトバである』、この一節に井筒俊彦の哲学は収斂される」。

「井筒をイスラーム学者としてのみ論じることは、哲学者井筒俊彦の最も重要な思索を見逃すことになる。井筒にとってイスラームとは、『コトバ』へと続く精神的沃野だったのである」。

「サルトルとの邂逅が、井筒が哲学者として出発するきっかけになった」。

「『意識と本質』を読むとき、きわめて重要だと思われるのは、井筒が思索の基盤を現実感覚にしっかりと根を下ろし、展開していることである」。

「『コトバ』が万物を生むと井筒は考えている」。

「井筒俊彦の独創性に言及する際、人は『言語アラヤ識』という表現に注目する。確かにこの術語は井筒独自のもので、この一語にも、東西の伝統的な思想と現代言語哲学に裏打ちされた思索の跡を看取することができる」。

「井筒は、『言語アラヤ識』を『無意識』のもう一歩奥に措定し、『存在』が『存在者』に変じる境域があることを論じた」。(2022年1月19日)


「『団塊世代』の文学」(黒古一夫)を読む。
 〈序〉に次のような記述がある。
「確かに『一九八〇年代の、およそわが国の現代文学を覆う、能動的な姿勢の喪失』はあったということに同意しなければならない。しかし、また同時にそのような現代文学の全体的傾向に抗うように、『戦後文学の能動的な姿勢に立つ表現活動の血筋をひくもの』が、少数ではあったが、その後の現代文学の世界で確かな地歩を築いてきたのも『事実』であった。(中略)そのような文学傾向をを持つ作家は、例えば本書で中心的に取り上げた宮内勝典や『その仲間』、具体的には、すでに物故した中上健次、桐山襲、干刈あがた、立松和平、津島佑子や池澤夏樹、増田みず子といった一九七〇年代以降現代文学の世界で活躍の場を見出した作家たち、ということになる」。

「この『政治の季節』を戦後史の結節点と捉える考え方に従って現代文学の在り様を俯瞰した時、その主流は、紛れもなく先に大江が村上春樹文学に象徴される特徴として指摘したように、登場人物も物語世界も『受動的な姿勢』に立つ、つまり『デタッチメント=社会的な関係が切断されている状態』を物語世界に再現するものへと変わってきた、と言えるのではないだろうか」。

「中上健次、立松和平、三田誠広、青野聰、宮内勝典、村上龍、津島佑子、増田みず子、少し遅れて高橋源一郎、島田雅彦、桐山襲、そして現代の池澤夏樹や中村文則、彼らこそ『戦後文学の能動的姿勢に立つ表現活動の血筋をひくもの」たち、と概略言うことができる」。
 
著者によれば、村上春樹や吉本ばななは「能動的な姿勢を喪失した」作家として批判の対象である。それに対して「能動的な姿勢」の作家として、本書では池澤夏樹、津島佑子、立松和平、中上健次、桐山襲、干刈あがた、増田みず子、宮内勝典を取り上げて作品の傾向を分析している。その分析は極めて緻密、正確で教えられることが多かった。

「彼ら『団塊の世代』に属する作家たちは、国も人々もひたすら『豊かさ』を求め続けて来た歴史がもたらした『綻び』に気づき、大勢(体制)とは『違う生き方』を模索するところにその特徴があったということである」。
著者の主張を私は支持する。(2022年2月14日)


○「誰でもわかる維摩経」(菅沼晃)
を読む。
 サンスクリット本の維摩経の主要部分を口語訳した本である。ところどころに注釈が置かれていて、維摩経がどういう教えであるかがよくわかる。

「『般若経』は般若・空という原理を説き、『維摩経』はその原理の上に立って、どのようにして空を実践し、般若の智慧を完成させてゆくかという実践面を、維摩という在家の居士の生き方や主張を通じて、具体的に説き明かした経典、ということができる」。
 
維摩経には大乗仏教の基本的な思想が盛り込まれており、慈悲による菩薩行を実行するにはどのような生き方をすべきかが示されている。維摩経は大乗仏教を理解する上で必読の書であるように思われる。(2022年2月16日)


「桐山襲全作品Ⅱ」を読む。
「聖なる夜 聖なる穴」「亜熱帯の涙」「J氏の眼球」「都市叙景断章」など11の小説と、評論・エッセイが収録されている。

「聖なる夜 聖なる穴」は、琉球処分からはじまって沖縄戦、コザ暴動、ひめゆりの塔皇太子夫妻火炎瓶事件まで、沖縄の近現代史を集約した密度濃い作品である。

「亜熱帯の涙」は南島の創世から崩壊までをラテンアメリカ文学ふうな神話的世界として描いた作品。
「J氏の眼球」と「都市叙景断章」は、全共闘と連合赤軍の時代を背景に取り入れた作品。

いずれも、「パルチザン伝説」で東アジア反日武装戦線の天皇暗殺未遂事件を題材にした著者の”反逆の情念“が貫かれている。評論・エッセイでも時代への告発・批判の姿勢は変わらない。

小説は癖のある文体と題材なので、好き嫌いが激しいかもしれないが、詩情あふれる表現力、巧みなストーリー構成は目をみはるものがある。私にとって好きな作家の一人だ。(2022年2月24日)

「参勤交代」(山本博文)を読む。参勤交代は、江戸時代の幕藩体制を維持した制度の一つである。「参勤は、将軍への服属の意思の表明であり、江戸城での拝謁は、諸大名の服属儀礼である。参勤交代はそれほど重視された政治儀礼であった」。

三代将軍家光は武家諸法度を改定し、その第二条に参勤交代の規定があった。これによると「西国大名が三月の末から四月の始めにかけて江戸に参府し、江戸にいた東国大名が暇を与えられて国許に帰り、次の年の三月末から四月にかけて東国大名が江戸に戻って来ると、西国大名に暇が与えられる、という形式が成立した。これが、二百数十年に及ぶ徳川幕府の支配を支えた制度の始まりであった」。

本書では、参勤交代の仕組みや道中での有り様、参勤交代が藩の財政に与えた影響など興味深い話がたくさん書かれていて、江戸時代の政治社会史を知る上で大いに参考になる。(2022年3月5日)

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