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【短編小説】陽炎

 陽炎の中に、人の形を見る。
近づけば近づくほどに離れていくそれを、ただひたすらに追う。
手が届かないどころではない。
数百メートル先の、面影。

 数年前に、恋人が死んだ。
7年付き合って、最後の2年は病室でしか会うことができなかった。

 暑い、暑い日の、昼下がり。
あの日、懇意にしていた恋人の母から電話が入った。
一瞬、蝉の声が消えた。

 目の開かない恋人を見ても、葬式の日を聞いても、実感がわかなかった。
確かに日々弱っていく彼女を見てきたが、最後に会った日まで、彼女は笑っていたのだ。

 ぼおっとした頭で、延々と続く道を見る。
実感がない。
涙もでない。
目線の先、道の先がじわじわと揺れて、そこに白いワンピースを着た彼女が、立っていた。
明確に彼女を見たのはその日だけだった。

 葬式が終わった。
骨になったはずの彼女は、ゆらゆら揺れる道の先に、真っ黒い影として現れた。
彼女だとわかったのは、あの日と同じ形のワンピース姿だったからだ。
彼女のお気に入りの、裾がレースになったワンピース。

 その後も彼女は遠くに黒い影として現れた。
今日も僕は彼女を追う。




#夏の思い出


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