「アメリカンブックショップ」の「おまけ小説」をちょっとだけ公開します
「アメリカンブックショップの日々」作者:竹田信弥
これはまだ携帯電話もない時代の思い出だ。
「OK?」とクリスが気取った風に僕たちひとりひとりに目線を送りながら言った。
お決まりのやつだ。
僕とテディとバーンはゆっくり頷く。
右にいるバーンの鼻息が荒くなるのがわかった。これもいつものやつだ。クリスがトランプをひっくり返そうと手首をひねった、と同時に叫んぶ。
「いらっしゃいませ!!!!」
僕らは察して手に持っていたトランプを各々隠す。
クリスは、エプロンのポケットに。テディは、絨毯の下に。バーンは、口の中に。僕は目の前に積み重なっていた『罪と罰』の中に、差し込んだ。
そして、それぞれ店内に散った……はずだった。しかし振り返ると、ちょっと太っちょなバーンがなぜか僕と同じ方についてきていた。僕たちだけに伝わるハンドサインで、向こうに行けよ、と伝える。それでも泣きそうな顔で近づいてくる。その顔を見て僕は笑いを堪えるのに必死だった。よく見ると、口にトランプが入っているので、吐きそうになりながら、喋れないみたいだった。
とりあえず仕事をしているフリをしなければいけない。床に積み上げられている結束した古本を、お店の奥の倉庫に持っていくことにした。
「ゴーディ、ゴーディってば」
バーンは、涎のついたトランプを手に握っていた。
「汚ねえ、それ早く隠せよ」
「うん。てかさ、さっきは危なかったな」
そう、「いらっしゃいませ!!!!」はオーナーのハンクが見回りにきたときの合図だった。
僕たちは、古本屋でバイトをしている。そして、サボりながら、ポーカーをしていた。
本の束を持ち上げた時だ。僕たちのいる場所とは反対側の棚の前で、怒鳴り声が聞こえた。たぶんクリスが逃げた方だ。まずい、サボっていたのがバレたのだろう。クリスを助けに行こうと思いながら、ふとバーンの方を見る。バーンは、涎まみれで少し折れ曲がったトランプを一所懸命伸ばそうとしていた。
仕事のフリをしながら、怒声が聞こえた方に向かう。途中でテディと合流した。テディは、メガネをエプロンで吹いていた。こいつはいつもこうやって、冷静さを取りもどそうとしているんだ。
クリスの居る方へ近づくと、ちょうどハンクが取り上げたトランプをクリスに投げつけているところだった。やばい、このままだとハンクがクリスに殴りかかりかねない。僕たち3人は相談せずに、飛び出した。
「クリスは悪くない、僕が誘ったんだ」と三人同時に言った。そして、殴られると思って目を瞑った。
(続く)
この掌編小説は、本屋発のカードゲーム「アメリカンブックショップ」のおまけとして収録されています。