あのね
小学生の時、「あのね」という文章苦手な人間からすると最悪な宿題があったのを覚えてる?
私は本当に文を考えるのが嫌いで、小学4年生まで母親にやってもらっていた過去がある。
そんな私が自分のことを自分の言葉で書けるようになったのは中学生の時。
自分の話をするとなると外せない中学生時代。
この先も幾度となく出てくると思う。
私が好きな音楽や映画、アニメ、ずっとやってきた書道の影響が大きく、表現者をずっと見ていると自然と文章を書くのができるようになっていた。
人任せで宿題を提出していた過去が嘘のように、中学・高校時代は論文を書くのが割と得意になっていた。
国語の先生から高評価をもらったこともあるし、生徒会の仕事で書いた小論文をラジオで読み上げたこともある。
ただ、自分の言葉でとは言うものの中学時代まではお題、テーマがあっての論文。好きなものを表現するのは高校生になってから。
好きなテーマで論文を書く授業で私は書道に関して、手書き文字と活字では人への伝わり方はどう変わるのか、という内容で書き進めた。
簡単に言うと、手書きには人の温もりがあり、活字は改まった場面には適している反面、冷たい印象も与えてしまうといった内容だ。
実体験と自分の知識と書き並べていって、決して上手とは言えなかったけど自分の思いを乗せて書いた論文は初めてで貴重な経験だった。
当時高校1年生の担任の先生は私のやりたいこと、考えを誰よりも尊重してくれていた。その論文も私らしくて良いと褒めてくれた。
中学までは書道を仕事にしたいとか、好きなことで生きていきたいと言うと、人生そんなに甘くないと10代前半の人間には辛辣な言葉を投げつけられてきたから素直に嬉しかった。
それともう1人私が書いた文章を褒めてくれた人がいる。
クラスの男の子。頭が良くて字が綺麗な人。
本人は覚えていないだろうけど、すごく褒めてくれた。思いもよらない人から褒められたから印象に残ってる。
15歳、春。殻を少し破って自由と好きなものを表現できる術を手に入れた私。でもその時は気付かなかった。気付けなかった。
10年経った今も、この人が1番の味方でいてくれることに。