【読書日記】 「冬の光」 篠田節子 著
400ページちょいの大作!
感想をひと言で述べるなら、
他人(ひと)が好きな人間はこう生きるのか
です。
ひとの一生やその人生の中身、人生を構成している体験や経験、思考、願望などに思いを馳せてしまう物語でした。
あらすじ
イントロダクション
大学紛争が熱かった時代に自身もそれなりに学生運動に身を投じ、しかし、卒業が迫ると大企業に職を得て、人生の伴侶と共に家庭を築いていった富岡康宏。
ふたりの娘に恵まれ、充実した日々を送っていたと思い込んでいた父・康宏が四国遍路の帰り道、船から冬の海に転落し死亡した報を受け、次女・碧は父の足跡を辿る旅に出る。
かつての恋人との出会い
主人公の富岡康宏は、大学時代、共に実在主義やマルキシズムなどについて議論を闘わせてきた当時の恋人、笹岡紘子とパリで偶然再会する。
就職して家庭を持ち、会社では課長の職につき多忙な日々を送っている康宏に対して、紘子はさんざん解体を叫んでいたその大学の研究室に残り、大学人として過ごしていた。
出張でパリにやって来た康宏と再会した時、紘子は美術館の客員研究員として当地に赴任していた。
学生の時から自分の理想に向かって突き進み、周りの空気を読まず、正論の真っ直ぐさが疎まれることがあっても一切気にしない性格は変わっておらず、あの頃の熱さに触れた康宏は、一般社会に出た自分が失っているものに気付かされる。そして、再会からふたりの付かず離れずの付き合いが始まった。
やがて、その関係は康宏の妻に知れることとなり、康宏は紘子とは二度と会わないと家族に約束した。
康宏は静岡に転勤となり、休日の接待ゴルフもなくなり、家族で温暖な街で暮らすうちに夫婦は元の仲睦まじい夫婦に戻っていった。
海に突き出た岬に建つリゾートホテルで過ごしたクリスマスは華やかで、家族にとって忘れられない思い出となった。
恋人の死
東日本大地震が起こった直後、康宏は大学の同級生から紘子が亡くなったとの一報を受ける。
紘子は数年前から女子大の仙台校で教授の職に就いていた。
独身を通した紘子は、大海原が見渡せる風光明媚なマンションの一室を終のすみかに選んでいた。
紘子の元に急いだ康宏は、死因が被災ではなく、その直前に起こったであろう心筋梗塞によるものだと知らされた。
紘子はひとりテーブルに向かい、今、まさに朝食をとろうとしている姿でこと切れていた。
同じマンションの階下の住人たちが大きな揺れの後、津波を逃れて階上に来た時に紘子を発見したのだった。
ある意味、津波によってその孤独死が早期に発見された例だった。
東北でボランティア活動に励んだ康宏は、無惨な死をいくつか見た後、四国巡礼の旅に出る。
その道中で、梨緒という遍路の女性と出会う。
虚な表情で覇気がない梨緒を車に乗せ、数日間を一緒に過ごした。
捜索願が出されていた梨緒は、車中泊で疲れた体を伸ばそうと康宏の案で訪れた温泉宿で夫に保護される。
秋刀魚が教えてくれた父の真実
父の足跡を辿った碧の元に、宮城県から父宛てにたくさんの秋刀魚が届いた。
見知らぬ送り主に電話をかけ秋刀魚のお礼を述べたその相手・倉田が、康宏が海へ転落した時、一緒に船に乗り合わせていた男性だった。
父が冬の海から遺体で引き揚げられたとき、状況から自殺だと結論づけられた。
警察で事情聴取を受けた母が、娘たちにそう告げたからだ。
しかし、倉田は康宏の死因は自殺などではなく、事故死だと言う。
東日本大震災で家族と漁船を失った倉田が、トラックの長距離ドライバーをしていた時、父と同じフェリーに乗り合わせており、被災地通いをしていた康宏と意気投合したのだった。
深酒の後、康宏は大きなカメラを携えて甲板に出ていった。
台に乗り、望遠レンズを構えている康宏を見た時、倉田は危ないと思った。
重いレンズと不安定な姿勢、酔っている康宏が海に転落してしまうのではないかと不安に駆られ、声をかけると
「どうしても撮りたい景色がある」と答えが返ってきた。
康宏が撮りたかった一枚がどんな風景だったのか、その部分に康宏が大切にしていたものが現されています。
読後感想
私の中でせめぎ合うあれこれ
長編小説だったので、随所随所で思うところがありました。
まず、人には配偶者や家族と言えども、不用意に立ち入ってはいけない領域があるのではないか、と言うこと。
康宏と紘子の関係は世にいう不倫だし、家族にとっては不愉快極まりないことだと思います。
夫婦間には激震が走り、追って亀裂も走り、溝は深まることこそあれ埋まることはないでしょう。
しかし、結婚する前の康宏には彼の両親がいて友達がいたように、そこに大学時代の恋人だった紘子がいるわけです。
紘子もまた、康宏の人生を構築しているひとつのピースであるので、彼女との関係を否定することは康弘の人生の一部を否定することにもなるのでは?と思いました。
とは言え、ならば独身でいればいいわけで、やはり結婚し、家庭を築いたなら家族に誠実であることが人としての理性と言いますか、当たり前のこと。
私の中では未だに、紘子と中年期になってから再会し、家族の目をごまかして関係を持つ康宏を肯定する気持ちと、いやいや、そこは妻子に隠し事があってはいけないだろう、とふたつの気持ちがせめぎ合っています。
3.11を意外な角度から描いている点
これがこの小説の中で、一番インパクトがあったかもしれません。
大地震と津波に襲われ、その被害が甚大だった東日本大震災。
康宏は、紘子が亡くなったことを大学時代の友人から聞かされます。
紘子は津波に飲み込まれたのではなく、その直前に心筋梗塞で急死していました。
本来なら、誰にも発見されず数日が経過してしまう孤独死ですが、紘子は津波から逃れようと階上に避難してきた同じマンションの住人たちによって、死後、1日、2日で発見されました。
東日本大震災については、私たちがニュースで知っていることがらを脚色して描いている小説が多いですが、孤独死が「津波のおかげで」早期に発見された、という変化球は初めてです。
とても印象に残った一場面でした。
長編ですし、私の年代ですと康宏の世代とその娘たちの世代の間なので、なかなかどちらかの立場になって読むのが難しいですが、アラ還世代には馴染むのではないかと思います。
YouTubeはないのか?
最後に、「今回、YouTubeはないのか?」とは聞かれてもないのですが、ただいま準備中です。
この前、Final Cut Proを購入したものの、使い方に手こずっています。
出来上がり次第、お知らせしますのでお楽しみに!