異文化は「間違った側」と思い込む性質
むかしドイツで生活していたときのこと。何度か聞いたことのある定番の冗談があった。
ドイツ人
「先週末にイギリスへ行ってさ。レンタカーを借りて旅行したんだけどね」
ドイツでは車は右側通行。つまり日本の反対側を走る。一方でイギリスはというと、日本と同じく左側通行。つまり、ドイツ人としては、イギリスに行くと普段走っている車線と逆側を走行しなければいけない。
ドイツ人
「いやー、車の運転には苦労したよ。いつもは、RIGHT side of the roadを運転するのは慣れているんだけどさー。でも、イギリスではね、」
といって、ひと呼吸置く。そしてニヤリと笑いながら
ドイツ人
「WRONG side of the roadを運転させられるからね!」
聞いている人たちとしては、RIGHT side(右側)に対応して、LEFT side(左側)と言うだろう、と想像している。けれど実はRIGHT side(正しい側)の意味で使われていて、それに対応してWRONG side(間違った側)と言って予想を裏切る、という冗談。
このネタのおもしろいところは、もちろんダジャレのような言葉あそびの要素もある。僕の解釈ではそれに加えて、「人はみんな自分の常識が正しいと思っていて、自分と違う常識のヤツらは間違っていると思っているだろ」というユーモアや皮肉が込められたネタだと思っている。
ということで、人というものは「自分と違う常識を持っている人を〝間違っている″と思い込む性質を持っている」というテーマについて、今回は僕が3年ほど前に投稿した記事に少し手を加えて、改めて投稿してみよう。
---(以下、3年前の記事を再掲)---
なぜドイツ人同僚は、この本を上下逆さに置いたのか?
先日、僕の働いている会社で「日本デー」のイベントが開催された(*ドイツで働いています)。
僕の働いている会社では、かなり多国籍なメンバーが働いている。部門によっては、チーム全員の国籍が違っているケースもあったりして、そうなると一人一人が「出身国代表者」みたいな立場になる。例えば僕は日本を代表する人として、日本について語ることを求められる。そうやってみんな、国際的で多様性あふれる職場環境を楽しんでいる。
そんな国際的な雰囲気を楽しむ社風なので、ときどき会社が主催して特定の国をフィーチャーしたイベントを開催してくれる。そして今回は日本が選ばれて、「日本デー」が開催された。
会社の「日本デー」
主催と準備は、広告宣伝を担当している同僚。でもその同僚自身は日本について全然知らないので、僕が事務所にいる唯一の日本人として、イベントにかなり協力した。
例えば、みんなの前で「日本に関するクイズ形式のプレゼン」をしてみたり。または都心の日本食屋さんに焼肉弁当を注文して、お昼ご飯としてみんなで食べてもらったり。
その他にも、僕の家から日本の本を10冊くらい持ってきて、みんなが集まる共用スペースに置いておいた。
職場の人たちは、僕以外は誰も日本語を読めない。なのに、なぜ日本の本を置いたかといえば、本に載っている写真を眺めてもらって、なんとなく日本の雰囲気を写真から感じ取ってもらいたかったから。また、日本語の文字の複雑な形を見るだけで、欧州の人たちはなんとなく興味をそそられる、という理由もあった。
上下が逆さに置かれた本
さて。ここで、実際にその日に並べられた本の写真を掲載する。
この場所に並べておいてくれたのは、お手伝いをしてくれたドイツ人同僚。本は僕が前日までに彼女に渡しておいた。そして当日に会社へ行ってみると、既に窓際に並べて置いておいてくれた。
すると、ご覧の通り。中央の本をみると、上下が逆さに置かれていた。
なぜこの本は上下逆さに置かれたのか?みなさん理由を当てられるでしょうか。よければ、ちょっと考えてみてください。
上下逆さに置かれた本の違い
実はこれ、ドイツなど西欧文化圏との違いから起こったこと。というのも、ドイツ語や英語など欧州で一般的な言語は「横書き」。その場合、本は基本的にページが左手→右手へ進むものと決まっている。すると、本は必ず「左側」で綴じられることになる。
翻って日本語の本。みなさん意識しているかどうか分からないけれど、本によって違っている。もし、その本が「横書きの本」であれば、欧州の本と同じ方向に流れていくので、欧州の本と同じように「左側」で綴じられる。
でも、もし「縦書きの本」であれば。その場合は逆に、ページは右手から左手へと進む。その場合は、欧州の本とは逆に「右側」で綴じられることになる。
日本には縦書きの本と横書きの本が混在しているから、左側で綴じられているものもあれば、逆に右側で綴じられている本もある。意識しているかどうかはともかく、「右綴じの本と左綴じの本が併存していることが当たり前」という感覚でしょう。
一方で、ドイツ人など欧州の場合。基本的には横書きの文字を使う国ばかりだから、本と言えば「例外なく左手から右手へ進むもの」、そして「例外なく左側で綴じられているもの」と決まっているらしい。
だから、この真ん中のような「右側で綴じられた本」があったとしても、迷うことなく「左側が綴じられている方向」に本を置くことになる。だって本は「左側が綴じられると決まっている」ものなんだから。
本をおいてくれた同僚は日本語が読めないし、さらにこの表紙のように、上下が逆でも違和感がない写真が使われている場合は、、、こういうことが起こる。
ということで写真を下に再掲してみる。たまたま上下がよく分からない本だったということもあるんだけれど、理由はそれだけではない。この本は縦書きの様式なので、「欧州ではあり得ない右綴じの本だったから」というのが理由。
表紙が『間違った方向』に
で、なぜ僕がこの時にすぐにピンときたのかというと、何年か前に似たような経験をしたことがあったからだった。その時にドイツ人は「本の方向は決まっているものという常識を持っている」と気がついたからだった。
その時も、ドイツ人に日本の本を見せる機会があった。その本は日本式の縦書きで「右側」が綴じられた本。それを見せた瞬間に、そのドイツ人が間髪おかずに言った。
ドイツ人
「この本、表紙が『間違った方向』についている!!」
僕はそれを聞いた瞬間、『間違った方向』っていう言葉の使い方にひっかかった。
ん?間違った方向って、何を意味してるんだろう??ってじっくり考えてみると・・
2つの前提の違いがあることに気がついた。
まず一つ目の違いは、ドイツでは本を綴じる方向は必ず決まっている、ということ。日本のように、本によって右側で綴じられたり左側で綴じられていたりと、本によって違っていることがない、ということを意味していた。間髪おかずに指摘したことが、それを示していた。
もう一つ意味していること。なぜ、私たちの本とは『逆の方向』と言わずに『間違った方向』と言ったのか。
それは、ドイツ人にとって本といえば、左側で綴じられている方向以外には『あり得ない』『本というものはそういうもの』『左側で綴じられていることが正しい』と思い込んでいる、という前提からの発言だった。
人は、自分の常識と違うことは、直観的に「間違っている」と思う性質を持っているようだ。彼女の言葉の選び方が、それを物語っていた。
ちなみに、その後で。そのドイツ人に、日本では「横書き/左綴じ」と「縦書き/右綴じ」の両方の方式が混在していることを説明したところ、質問攻め。
「なんで、どっちか一つの方式に統一しないの?」
「何割くらいの本が縦書き/右綴じなの?」
とか聞かれたけど、なんともうまく答えられなかった。
今回、写真のとおり上下が逆に置かれている本を見た時に、もし前回の経験がなければ、「上下の判断を間違えてしまったから、この方向に置いてしまった」と解釈したはず。
でも実際は、彼女としては「上下はどっちだろう?」と一瞬でも考えることすらなかったはず。「本は左側が綴じられている以外にはあり得ない」と思い込んでいるから、いっさい迷うことなくこの方向に置いたんだろうな・・、と思った経験でした。
---(再掲終わり)---
いかがだったでしょうか。僕が実際に経験した、異文化というものは直感的に『間違っている』と思ってしまう話。
社会の分断が急速に進んでいる、と言われる現在。自分と違うものを直観的に「間違っている」と信じ込むのではなく、違う考え方や違う文化があるのかも、と少し引いて考えてみるように努める姿勢は、決して間違いではないのではないでしょうか。
そう。ここで改めて冒頭の話を振り返ってみると。
RIGHT sideの反対側は、WRONG sideだ!と思い込みたい性質を人は持っているのかも知れない。けれど、正しい、間違っている、とか価値判断をとおして物事を見るのではなく、単にRIGHTの逆はLEFTというニュートラルな意味しか持っていないもの、なのかも知れません。
by 世界の人に聞いてみた