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ドイツ企業の自然あふれる社会貢献
ここ最近の8年間はドイツで働いて、今年になって日本へ戻って働き始めた。そこで少し驚いたことが。
日本を離れる前と比べると、日本企業が「社会の中の良き企業市民として、我が社は社会へ貢献している」というメッセージを活発に発信している。
例えばある企業は経営戦略の中で「社会課題への解決に対する使命感」を前面に押し出したり。
例えばある企業は「ESGやSDGsへの取り組み」を広報発表してアピールしたり。
例えばある企業は、自社の「パーパス」「ビジョン」「ミッション」を改めて定義して、広報発表したり。
因みに「ESG」とは、現代社会の主な課題である3つの要素、つまり
「地球環境(Environment)」
「社会(Society)」
「企業統治(Governance)」
を指している。具体例としては、
地球環境は、二酸化炭素の排出量削減や環境汚染防止等々について。
社会は、人権尊重・ダイバーシティー尊重・少子高齢化対策・格差是正等について。
企業統治は、法令順守や内部牽制強化等について。
あと、パーパス・ビジョン・ミッションとは何かというと、社会の中でのその企業の存在意義だったり、その企業がどういう強みでもって社会の役に立つか、といったこと。
職場の近所にあったドイツ企業について
これら「社会の中の良き企業市民」としての取り組みは、ドイツで仕事したり生活していると、身近に感じることができた。
今日は、その例の一つについて。
以下の写真は、ドイツで僕が働いていた会社の近所にある、他社の敷地内の写真。
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その企業は何十年か前、当時は別の場所にあった本社を、広い敷地のある場所へ移転しようとしていた。その時にこの土地が候補の一つに挙がって、地権者と交渉するとともに、市とも調整を始めた。
市はその企業と調整する中で、この土地へ本社を移転する場合には2つの条件を守ることを提案したらしい。
「1つ目は、この場所の自然をそのまま残すこと。2つ目は、敷地の周囲を塀などで囲わず地域住民が入ってこられるようにすること」
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この土地は、元から何か特別な自然があったわけではなく、大都市のすぐ近郊にある何でもない場所。
でも、その周辺には市民が住み、自然なかたちで草花や木が存在していた。
市の主人公である市民が生活する場所を、税収のために人工的な建物や壁で囲って締め出してしまっては、何のための街なのか、ということだと思う。それに少し関連するドイツ人の考え方は、この記事に書いてある。
そういった当時の市の考え方(≒地域住民たちの考え方)があって、その企業が条件を受け入れたおかげで、今でも僕も含めてたくさんの市民がこの会社の敷地内に入ってきて、みんな散歩したり、渡り鳥の写真を撮ったりして、ここの自然を社会の共有資産として楽しんでいる。
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更に言うなら、この会社は社員食堂も地域住民に開放している。だから、僕は毎日、この会社の社員食堂へお昼ご飯を食べに来ていた。
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例えば、同僚たちと昼ごはんを食べるために、この豊かな自然の中を歩きながらお喋りしたり。僕の投稿の中には、同僚から聞いた話がたくさん出てくるけど、実は結構な割合で、ここを歩きながら聞いた話。
他にも、例えば仕事のことを一人で悩みつつ、解決策をずーっと考えながらこの自然の中を歩いたり。
とにかく敷地が広いから、敷地の入り口から社員食堂まで、往復で30分くらい。ざっと計算すると、800回くらいは往復しただろうか。
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あと、コロナが広がり始めた頃。普段は数千人が働いているであろうこの会社から人が消え失せて・・・わずか10人か20人くらいしか出社していないような様子の中で、それでも社員食堂を開けてくれていた。そのおかげ様で、僕もお昼に食事にありつけることができていた。
まだその当時は、得体の知れないコロナに対する恐怖感で社会が覆われていた頃。地元の市民たちは遠くへ出かけられない不自由な暮らしの中、この土地へ散歩にやって来て、自然を楽しんで人間らしい生活を味わっていた。
こういった場所は、社会にとって絶対に必要とはいえない。でも、いろんなケースで人々の社会生活をとても豊かにする「余白」として機能している。
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なぜ営利企業が社会へ貢献?
でも、そもそもなぜ営利企業が社会への貢献を問われるのだろうか。
というのも、いま私たちが生きている社会は、資本主義システムを採用している。そのシステムでは、企業というものは利益をあげて株主へ還元するのが使命、という制度設計になっている。
その制度からすると、企業が社会へ貢献する必要が一体どこにあるのか?社会を良くする役割は、国や自治体といった公的組織が担うのではないか?といった疑問も浮かぶ。
でも、以下は僕の個人的な考え方ですが・・・
もともと、「企業は利益をあげて株主へ還元する」こと自体が資本主義システムの本質的な目的ではない。
資本主義システムの本質的な狙いの一つは、企業という組織をつくって、資本家から資本を集めて、その資本をもとに組織として多くの人たちが働けば、企業は世の中に役立つ製品やサービスを提供しやすいということだと思う。個人個人がバラバラに働く社会よりも。そうやって資本や労働力を集約した方が、効率的で合理的だから。
数百年前にそういう資本主義のシステムを作り上げる中で、企業は株主にその利益を還元するという制度にすることが、システムを運営する上でうまく機能すると考え、便宜的にそうシステム設計したのだと思う。実際、ソ連式の社会主義システムはそのような制度になっておらず、そして結果的にソ連式のシステムは数十年を経て経済は機能しなくなってしまった。つまり、少なくとも経済面では資本主義のシステムがうまく制度設計できている、ということを歴史が証明しているのでしょう。
ただ、ここで決して忘れてはいけないのは、そもそもの社会の制度設計の思想には「企業という組織を通じて社会に価値を生み出す」という目的が根底にあること。それを実現するシステムとして、便宜的に企業は株主に利益を還元する制度にしただけ。利益をあげられる=世の中にその分の価値を提供している、ということだから。
でも数百年の時を経て、いろんな状況が変わっていき・・・、社会の中で企業の存在や影響力が、昔と比べられないほど大きくなった。
企業の活動が地球環境へ強烈な影響を与えるようになったり。また、世界の人たちのうち営利企業で働く人たちの割合がどんどん増えていき、結果として世界の多くの人たちは、人生の多くの時間を企業で費やすようになったり。
あと、「上位1%のお金持ちが世界の富の4割近くを所有している」といった状況も影響していると思う。企業が社会を犠牲にして利益をあげて、それを資本家へ還元していって資本家の富をもっともっと増加させる、という構図に対して、社会から賛同が得られにくくなってきている面もあると思う。
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というような社会の大きな構造変化の中で、やっぱり本質に立ち返って考えてみると「企業=利益をあげて株主へ還元するだけの存在」では良い社会を築くことが難しいと思う。行政や公的な組織がその役割を担おうとしても、もはやカバーしきれない。
という流れを感じている世界の多くの人たちは、企業が利益だけはなく、きっちりと本来の存在意義に貢献しているのか、つまり「本当に社会を良くする行動をしているのか」を重要視する意識が高まっているんだと思う。
あと付け加えると、人々の間では、同じ働くなら「自分も社会に貢献できている」と思える企業で働きたいという意識が高まっている。そういう「働きがい」を重視する余裕も出てきたから。そうやって、社会貢献を重視する会社には、優秀でモチベーションの高い従業員も集まりやすくなる。
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と、いろいろ難しい理屈を並べ立てたものの・・・
それよりも、企業の社会貢献は、実例を見て考えたり感じることで腹落ちさせることが一番大事だと思う。
だから、僕はこの会社の敷地を何百回も歩いた経験を経て、単純に「企業が本業以外でも社会に対して貢献できる余地って、いろいろあるんだな~」「それって素晴らしいなあ~」って、素直に納得することができた。
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by 世界の人に聞いてみた