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夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

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#短編小説

くるクル狂ドーナツ

くるクル狂ドーナツ

■■俺■

「いらっしゃいませ」店の自動ドアが開く音がして、反射的に口が動く。もっと元気に爽やかに声を出せと何度店長に言われただろう。でも、何度言われても俺には「元気に」「爽やかに」がどんなもんなのか分からない。

木曜、午後7時15分。普段は木曜の夜にはシフトに入らないけれど、元々シフトだったアンドウサンが当欠したらしく、店長から召喚のラインが入っていた。普段は仕事ができない俺をシフトに入れたが

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海月の舞

海月の舞

10年も経てば東京の街は大きく変わる。
記憶を辿りながら交差点を左折してきょろきょろと見渡すが、記憶のある方向にしばらく歩いても あったはずのギャラリーはもうその名残すらない。私の記憶違い?いや、もしかしたらギャラリーではなく内装や表向きを変えて別の用途に使われ始めただけなのか。

それともあれは、夢だったのだろうか。



海月、と書いてクラゲ、と読むのだ、と知ったのは恥ずかしながら24の夏の

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【掌握小説】おなじ月をみている

【掌握小説】おなじ月をみている

電車の座席に沈み込むと、仕事の疲れとともに力が抜けた。

ああもう、休日出勤なんてするもんじゃない。炎上鎮火に使った脳みそが、電車のリズムに合わせてぐらぐらとゆれる。窓の外を流れる景色はすでに夕方。それでも、空に浮かぶ白い三日月が、まだ夜があるよと私に教えてくれる。

こんな日は、ちゃんとグラスを用意して、お気に入りのビールを注ぎたい。重い気分をぐっと受け止めてくれるような、苦みのあるやつがいい。

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