ブルーナイトイン札幌①
すすきのの夜が好きだ。北へ“流れ”てから知り合った仲間たちとスナックでしこたま歌うのも良いし、ひとり、ジャズバーで珈琲を片手に名盤たちに耳を傾けるのも悪くない。
暖かい、いささか暖かすぎて眠くなる酒場を出て北国の冷気に当たって酔いや眠気が覚めるあの感覚がたまらない…カラオケ・スナックではなく、シングル盤で昭和の名曲たちをしこたま聞かせてくれる名店もあるし。極上_______涙
酒が飲めないわたしはバーに行っても珈琲かクランベリジュースばかりだ。スナックに行けば薄くハイボールを作ってもらい、ママさんの手元の動きを見つめてからおもむろにデンモクで曲を選ぶ。今夜は何を歌おうか?
“黄昏のビギン”“氷雨”“シルエット・ロマンス”“ブランデー・グラス”等々、歌いたい歌はいくらでもあるし、札幌なら裕次郎の名曲はもちろん外せない。でもこの曲は中盤辺りのために取っておく…
閑話休題。今日のお話はいつものように喫茶店で昼下がりに2時間過ごした後に街を彷徨い、晩御飯よりもジャズが欲しくなってジャズバーで珈琲を飲んだあとのある夜のお話だ。
“どこか違うのこの街だけは…なぜかわたしに優しくするの”と歌った裕次郎の名曲も良いが、甘いファルセットで歌い上げる箱崎晋一郎の“ブルーナイトイン札幌”を聴きながら愉しんでいただけたら。
換気扇の強さを「弱」にして煙草に火を点けた。夜中の珈琲に極上を見出してからというものの、いつも寝不足だ。いまの稼業は寝不足上等で昼も夜も、休日も平日もない暮らしだから午前3時の喫煙などいつものことだ。ただ、いつもと違うのはここが見知らぬキッチンだということ。
わたしはラム酒で着香された高度成長期の煙草、数年前にパッケージが貧相になってしまった煙草をじりじりと灰にしながらこれまでの20時間ほどの出来事を振り返っていた…
6時までのカラオケで本業と復職をかわりばんこにこなしたのち、札駅に居た。当たり前の感覚ならここで家賃を払っている部屋に戻るところだろうが、ニコチンと珈琲で動く耽溺の奴隷の性はそうさせてくれない。JRでひとえきの7時から開く戦闘に向かい、ジジイや早起きな家族連れで賑わう風呂の中でたっぷりと疲れを癒やした。
カレーを食べて、就寝。昼前に目が覚めたわたしは駅近くの地下にある喫茶店で副業を再開した。残業(という概念)がなく、当然、休日出勤(という考え方)が存在しないヤクザ稼業をこなしながら2杯の珈琲、ふたきれの羊羹を腹に入れて10本のハイライトを灰にした。電話には7回出た。書いてるうちにうんざりとしてきたので止めよう。
美味しい珈琲と珈琲よりも苦い顔になってしまう上司からの電話をたっぷりと“堪能”したのち、会計を済ませた。
散髪と買い物でもしようと考えていたが、この日も結果から言うと散髪しか出来なかった。散髪を終えて初雪を数日のうちに観測した路地裏の灰皿で一本吸い終えると、足は自然とジャズバーに向かっていた。晩飯も食べていないのにバー。馬鹿な男だよ。
第●敬和ビルにある名店はカウンターだけで、奥の4席には午後8時からの予約のために磨かれきったワイン・グラスが並んでいた。
松山千春の名曲ばりに“長い夜”が始まった。店ではオスカー・ピーターソンが流れていた………涙
つづく
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