フジナール・レオタとその時代
序論 私の友人の弟に、あだ名が「フジナール・レオタ」なやつがいた。
彼は声が低く独特の研究者肌のしゃべり方をする男で、マッシュルーム気味(実際のところ1000円カット)の髪型をしていた。名字は「フジタ」君であったものの、もちろん初めはフジナール・レオタなどと呼ばれてはいなかった。
本論1 フジナール・レオタの誕生
ある時彼はメガネを新調したのだが、周囲の男友達の中にあまり見られない黒縁の丸メガネを購入し学校に来たため、またたくまに周囲の話題をさらうことになった。このころ、先述のメガネの新調とどっちが先の出来事かもうわからないのだけれども、美術の授業でレオナール・フジタについて学ぶ機会があった。
レオナール・フジタのみかけは、のちのフジナール・レオタにほんのりと、似ていた。そして、レオナール・フジタのメガネは、のちにフジナール・レオタと呼ばれる男のメガネにそっくりだった。レオナール・フジタのしゃべり方は誰も知らなかったが、おそらく、のちにフジナール・レオタと呼ばれる男と似たしゃべりをしそうだと周囲の男子で話題になった。
フジタくんのあだ名は一瞬レオナールになりかけたのだが、こんな有名な人と同じ名前にするのはダメなのではないかと議論が起こった。美術の先生が熱心にレオナール・フジタの功績を授業で紹介していたことが、男子生徒たちに良い影響を与えていた。
その結果、「フジタ」君のあだ名はフジナール・レオタになった。
本論2 フジナール・レオタのその後
フジナール・レオタは、あだ名としては長い。あまり時をおかずに、フジナールだとかレオタだとか呼ばれるようになった。最終的にはクラスで若干浮いているお調子者の男がフジナールを連呼しイジるようなことになったことで、あだ名はレオタで定着した。
この話題は冷静に考えるとおかしい。レオナール・フジタもフジナール・レオタもどっちも「フジタ」なのだ。それなのに、「フジタ」君はレオタと呼ばれるようになった。
本論3 フジナール・レオタとその時代 そして現代へ
青春の一要素はこの述べてきたエピソードに詰まっていたのではないか。と、後から思うことがある。
子供の時代は、世界も狭く、そしてそこで起こる出来事もファンブルが起こりやすい。フジタくんへの奇妙なあだ名の名付けの経緯は、大人の世界では起こりにくい。大人の世界は、法律やルール、規則に満ち溢れている。もちろん子供の世界だってそうだけれども、子供の世界にはなにかそれ以外の「余地」のようなものがあった。大人や社会に守られながら、子供ならではの狭くてファンブルの起こりやすい、それでいて自由な空間があった。フジナール・レオタはそのような場所から立ち現れた存在だったのではなかったか。
最後にちょっと話が変わるようで、変わらない話をする。
就業規則に抵触しない範囲で、職場に私物の可愛らしい人形や好みのキャラクターのアクリルスタンドを置いている人がいる。他にも、仏像だとか好きなスポーツ選手だとか、何かをデスク周りに備えて心の拠り所にしている人がいる。
私たちはもう大人になってしまったけれども、法律や規則だけで機動する存在ではない。フジナール・レオタほどのファンブル性はないけれども、デスクの趣味の置物は、ルールや規則の埒外にあり、私たちを愉しませる。これらはフジナール・レオタが持つ性質をいまだほのかに有しているように思う。青春のいくばくかは今につながっている。