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お父さんは潔癖症ーブタとブタ小屋と妖精
※ちょっと身体虐待や精神的虐待では?と思われる表現が入ります。ニガテな方は読まないように、心の安定してる方のみ読んでください。
うちの実父は潔癖症だ
うちの洗面台にはタオルが
人数分あるのが基本だ
ある日、よそのお宅に
お邪魔した際、
手を拭くタオルが
一枚しかないので
焦った
しかしこれは普通だという
家族みんなで
一枚のタオルを使うんだって
もうこの際だから
ぶっちゃけるが
実父の生家はド田舎の開業医院だ
オレの曾祖父が大学から
『無医村に行ってくれ』
と乞われてやって来たらしい
曾祖父と祖父が医者で
内科と外科、両方やっていた
家=病院で、
応接間は待合室、
リビングで診察して
キッチンの隣の6畳で
外科手術をしてたらしい
入院患者は別棟で寝ていた
しかも、母屋には
曾祖父の愛人が住んでいた
(オイ)
これで確執が起きない方が珍しい
そんな環境に長男として生まれた
実父は医者にはならなかった
医者になれという圧は
断末魔の叫びのごとくあったと思う
オレの祖父も医者だったが
文学好きの優しい人だったらしい
(中国進軍の際に書いた短歌のようなものや
進軍の様子が描かれた作品が残っている)
実父が好きな学科に進めたのは
この人のおかげかもしれない
追記『実父は東工大に行きたかったそうだが、
祖母が九州から出ることは許さないと言って
なくなく九大 工学部に入ったらしい』
その代わりに実父の弟(叔父)が
医者にならされた
(リアル人身御供)
叔父は何でもおもしろがれるタイプで
案外適性があったのか
今でも楽しそうに働いている
追記『久留米大の医学部にストレートで
受かったが、旧帝大にこだわる祖母のせいで
二浪し、3回目で九大医学部に合格したらしい』
この祖母のせいで俺の
『九州の人はよお分からん』という
思いは固まってしまった
実父は、
『アームストロングの月面着陸を
見たときにこれからは
テクノロジーの時代だと思った
だから医者にならなかった』
(時代検証してないから
冗談半分で聞いてくれ)
と言うが、
怪談やスプラッタ映画が超苦手で
劇的ビフォーアフターで落涙し
鉄道員(ぽっぽや)の映画の後、
トイレから長いこと出てこなかった
オマエに医者はつとまらない
(感受性が強すぎる)
実父は
『医者はサイコパスのエンジニア』
だと言う
『外科は特に切った張ったの世界
だからヤクザと同じ』
と言う
そんな実父はオレが小学生の頃
ファミレスに行って
オレが食べるのが遅いという理由で
ブチ切れ、車で来たのに
1人車に乗って帰った過去がある
オレと母と兄ちゃは
子どもの足で歩いて
20分の最寄りのバス停まで
歩いて行き、バスに乗って帰った
(どの口がサイコだと言うのか)
実父はたまにブチ切れると
子どもに蹴りを入れたり
はたきトバしたりした
そんな実父を見ていた兄ちゃは
『僕は絶対に子どもに手をあげない』
とドヤ顔で親戚に言ったらしい
兄ちゃ…
それ基本だから…
基本のキで、
ドヤ顔で言うことじゃないから…
(やっぱりなんか歪んで育っている)
話が逸れたが、
実父は事あるごとに
『病院は一番菌が集まる汚い場所』
『共用は汚い』
『ホコリは汚い』
とオレが小さい頃から言い続け
部屋を汚すと怒られ
『オマエはブタ』と言われ
オレの部屋は
『ブタ小屋』と罵られたので
(ブタがブタ小屋にいて何の不都合が?)
(いや、オレのBMIは17だったんだが)
『オレは存在しちゃいけないのかな?』
『いない方がよかったのかも』
と思ってた
祖母や親戚のいる前では
普段された事ない一見優しげな
可愛がられ方(触れ合い方)をされたので
『自分は実父の、祖母(実父の母)に
見せるためのお飾りなんだな』
と思っていた
(たぶん本当にそうだったんだろう)
部屋を綺麗にしておくことは
実父のいうことに屈したようで
敗北したようで
心理的に出来なかったし
また出して使うもの(服)を
畳んでしまっておくことは
合理的じゃないって捉えてしまう
実母もオレの部屋の汚さを
ガミガミと
それはまあガミガミと怒っていたが
中学生くらいのある日
家に帰ったら部屋が
整理整頓されていた
もしかしたら
反抗期のお子さんなら
『勝手に触らないでよ!』
とか言うのかもしれないが
絶賛離人症ミイラ発動中のオレは
モノにもヒトにも愛着が持てなくて
『妖精さんてホントにいたんだ♪』
(こびとのくつや、みたいな)
とルンルンだった
父は『嫌いなモノは残せ』
母は『全部食べろ』と言い
父は『何か1つ突出してたらいい』
母は『全科目出来るようになれ』と言う
こんな実父と実母だから
家庭は平和ではなく
マジの地獄で
両親揃ってるときのオレは
完全ピエロだった
一度、本気で離婚しそうな
修羅場になったので
(これはドラマみたいだなあと他人事で)
『離婚しないで』
と懇願するフリをしたら
(だってドラマならそう言うだろ?)
実母は泣きながら
『絶対してやるもんか』
と言ったので
ものすごくがっかりした
のを覚えてる
(母方親戚の方がユルかったが
父方の方が金がありそうだったので
ヒドイ親父だが
(オレも突然ブッ飛ばされたり
腹を蹴られたりした)
実父について行くつもりだった)
(オレにもサイコの片鱗が…)
まあ、そんな家庭だったので
その後遺症で いまだに
安全だと分かっていても
『図書館の本が借りれない』
『人の触った後のものが使えない』
『咳をしてる人の側に居れない』
『コロナじゃなくてもマスク必須』
(むしろコロナ禍で時代が
オレに追いついたと感じた)
(でも部屋は汚いがマスト)
潔癖症ってイヤですよね、
でも躁のときに
10年ほど放置して
気にならなかったはずの
コンロの壁の油汚れが
めっっっちゃ気になって
掃除したりなんかして
とうとう自分もヤキが回ったな
と感じた
(なぜか躁のときは修行僧のように
掃除してしまう、躁だけに)
(オヤジギャグすぎたか…)
※一人称オレだけど中の人は40代オバサンです。
一応実父のために弁明しておくと
暴力があったのはオレは片手で足りるくらい。
兄ちゃは知らない。
その理由がどれも冤罪(オレの行動を実父が勘違いした)だったので、強く印象に残っている。
(終)