焚き火のにおい、人の話し声/『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ
週末、息子の大親友ぐりくんの家族とキャンプに行った。
小さいころは奈良県吉野川沿いで毎年キャンプをしていたけれど、テントの張り方も必要なものもわからない。行く前から何度も友達と電話して、記憶を掘り起こして、Amazonでポチポチする日々。当日、なんとか荷物を積み込んで、千葉へ向かう。
アクアラインの手前で引くほど渋滞している。これまで車で出かけるときは平日休みを作ってきたけれど、今回はぐりくん家族と一緒だから休日出発。休日の首都圏やべえ。J-WAVEのJARTIC道路交通情報で何度も聞き流してきた「渋滞」に実際どはまりして不思議な気分。息子のお気に入りの曲を次々流したり、しりとりしたり、クイズを延々作ったり、グミ食べたりしているうちにキャンプ場最寄りのコンビニについた。そばに単線。一両編成の久留里線がちょうど発車するところで、見送った息子は案の定乗りたがる。
ぐりくん家族と合流し、手伝ってもらってなんとかテントを張る。持っていったお肉を焚火で焼いてもらって食べる。おいしい。ビール飲む。おいしい。SONYのポータブルスピーカーから懐かしい曲。グラススキーをする。楽しい。
夜は料理上手な友達が作ったピザを窯で焼く大役を任された。トマトソース、いちじく、れんこん、たまねぎ、チーズ。焼きあがったらルッコラと生ハム。大人用。子どもはソーセージと玉ねぎとチーズ。
ピザ窯へ向かうと列ができている。待ち時間に焼き方の説明を読む。私は説明書を読むのが大の苦手だ。ピザパンにピザを乗せる。ピザパンはすごく熱いから触らない。ピザピール(ピザをのっけて窯の中に入れるための、柄の長いスコップみたいなやつ)にピザパンを乗せてピザを窯に入れる。1分経ったら4分の1回転させる。2分から5分焼いて出来上がり。オーケー。案外短期決戦。だけど内容は頭に入ってない。
ピザを乗せるときに、ピザパンに少し触ってみる。あれ?熱くない。つまむ。熱い!ゆうこりんは絶対やけどしないって言ってたけど、私は地球人だから普通にやけどした。そして絶対に触るなと言われたものをどうして触ってしまうんだろう。後ろの小学生が私の「あっつっ!!」に驚いていて申し訳なかった。こんな大人にならないでね。
私の番が来て、託されたピザを窯に入れる。心の中で60数えて、ピザパンを回転させる。今度は120数えて、ピザを見る。焼けてんのかなこれ。うーんと思っていたら席を外していたピザ焼きおじさんが声をかけてくれた。振り返った拍子にピザピールをピザ窯下の薪にぶつけて火のついた長い薪やら木片やらが散乱する。平謝り。おじさんが薪を窯に戻して、木片を隅に寄せて、ついでにピザの様子も見てくれる。はい、いいですよ、と言われるがままピザを取り出し、カッターで切る。完全に私の存在が余計だった気がしたけどピザを落とさずにみんなのところに戻ったら合格だぞ〜と自分に言い聞かせてヨチヨチ帰る。
星空の下で焚火をぼんやり見つめるのが心地よいのは、きっと狩猟採集をしていた私の遠い遠いご先祖様が、火のあるところだ、安全だってくつろいだ気持ちになったからかなって想像する。『サピエンス全史』で、農業革命が人間の生活の質を悪化させたって読んだけど、確かに生きる喜びの彩度を下げたっていう意味ではそうかもしれない。
キャンプでは食べることにかなり時間を持っていかれる。でもそれが終わったらもうほとんどすることはない。だから暗闇でヘッドライトをつけて銀杏剥きながらワインを飲む。散らかった洗濯物も書いて出さなきゃいけない書類もない。ゆっくり話す。眠くなったら寝る。朝日が昇ったら起きる。キャンプは基本、いまそこにあるもので全部済ませる。だからいまここを過ごしている感じがする。今にフォーカスすれば、あらゆることが喜びだ。火の匂い。土の匂い。さざめく人の話し声。冷たい空気。朝靄。金色の光。自分の奥底にいまもまだ眠るプリミティブな私がヤッホー。いい気分だねって言ってる気がする。
もちろん、ちょっとした病気やケガで死ななくて済む現代はすばらしい。あらゆるモノやサービス、文化も私の生活を豊かにしてくれる。だからやっぱり農業革命には感謝したい。でもまたこうしてキャンプしに行きたいな。貧弱な私の野生に会いに行くのだ。