嘘がない広告をつくる
はじめまして、アートディレクターの野村緑です。
この仕事を10年ほどしてきて、思ったこと。
私は嘘をつくのが苦手です。
生活の中では、常に素直な気持ち100%で過ごしたいと思っています。
おいしいものはガマンせずにおいしく食べたいし、楽しそうなことはどんどん経験したい。
広告をつくるときでも同じです。
自分がおいしいと思うからおいしそうな写真が撮れるし、商品の良さを広めたいから愛されるデザインにしようと思う。
それは生活者としての感覚に嘘がつけないからなのではと考えます。
広告の裏側が見透かされてしまう今、嘘がないということは世の中的にも必要とされていることではないでしょうか。
この姿勢は自分の仕事の指標になっていることに気づきました。
このnoteでは「嘘がない広告をつくる」に行き着いたきっかけと、心掛けていることついて話したいと思います。
アートディレクターという仕事への憧れ
広告の仕事がしたいと思ったのは高校生のとき。
名古屋に住んでいた私は、東京に遊びに来て原宿ラフォーレの目玉モチーフの広告を見て強く惹きつけられました。
なぜファッションビルなのに目玉なの…?理由はよくわからないけどすごく気になる。
おそらくその目玉の真意は、ラフォーレを気にして欲しい!見て欲しい!というメッセージだったのだと思う。そんなコンセプトがとてつもなくストレートに表現されていて、私は夢中になってグッズを買い漁りました。
難しいことは抜きに、感覚で人の気持ちをつかむ仕事ってすごい。アートディレクターという職業を初めて知って、これがやりたい!と思った瞬間でした。
今振り返ると、言葉がなくても誰でもわかるようなストレートさと、その嘘がない・清々しい表現に惹かれたのだと思います。
今でもその気持ちが原点になっています。
表現に嘘をつかない
広告をつくるとき、まず意識していることがあります。
表現において、生活者の感覚に近いものを目指すようにしています。
今の時代、写真はレタッチでどうにでもなってしまうし、CGを駆使して架空の世界を作ることもできる。でも、私はこの類の手法をなるべく使わないようにしてきました。
プライベートでも、7年前から始めた趣味の登山で、フィルム写真を撮り続けています。(重いカメラを毎回担いで…)
その時間のその場所でしか味わえない光の色や空気感を残しておきたい、その臨場感を誰かに共有したい。そんな気持ちが強くなり、あえて後加工ができないフィルムで残すことに行き着きました。
自然に勝るものはないという感覚は、広告での表現にも生きていると感じます。
広告での事例も紹介します。
YKK APの企業広告では"窓がつくる時間"をテーマに設定を考えました。
ふとした瞬間の、誰もが窓のそばで感じたことのあるような感覚を、コピーに合わせた1枚の写真で表現しています。
それぞれのテーマがどの時間の設定で、どんな人が感じた気持ちなのかを想像しながらシチュエーションをつくっています。限られた時間の中での撮影でしたが、なるべく照明に頼らずに自然光を使ったリアリティのある演出にこだわりました。
見た人が、昔の記憶を思い出したり、次の日に新鮮な気分で窓のある景色を味わってくれたらいいなと思ってつくった広告です。
シチズンの10代後半-20代女性向けのブランドである「wicca」(ウィッカ)では、"ときめくとき。"をテーマにWEBムービーを制作しています。
今期はスイーツの味わいをコンセプトにした商品に合わせて、"恋の味わいの時間"をテーマにしたショートストーリーをつくりました。
甘い・甘酸っぱい・ほろ苦い気持ちの感情のうつろいが際立つように、あえてセリフやストーリー説明をなくしました。リアリティのあるトーンにこだわり、自然光を生かしながら照明も最低限にしています。
過度な演出を削ぎ落とすことで、見た人の共感を生み、自分の甘い気持ちを思い出してくれるような表現を目指しました。
いずれの仕事も、リアリティにこだわることで計算しきれない良さを出すことがきたと感じます。
温度感や肌触り感が生活者にぐっと共感してもらえる距離感をつくる、この感覚は嘘がない広告につながると思います。
使う人の気持ちに嘘をつかない
広告の中で、最も長期的な視点が必要になるのがパッケージの仕事です。
店頭で1秒で人の気を惹かなくてはいけないものでもあり、生活の一番近くに置かれつづける広告でもあります。一度しか見ない駅貼りのポスターとは違い、さまざまな人の生活シーンの中で実際に手にとって使ってもらう体験型の広告です。
大塚製薬の「EQUELLE」(エクエル)「tocoelle」(トコエル)「SOYJOY」(ソイジョイ)の事例を紹介します。
女性のゆらぎ期をサポートするサプリメント「EQUELLE」、月経前の女性の変化をサポートするサプリメント「tocoelle」。
こちらの二つは使用されるシーンを特に意識したパッケージにしました。
「EQUELLE」は、発売当初、女性特有の悩みに関する話題はあまりオープンには話されておらず、女性にとって隠しておきたくなるような商品でした。
そこを逆手に取り、毎日使ってもらう商品だからこそ、あえて化粧品のようなたたずまいを目指し、見えるところに置きたくなる・持ち歩きたくなるデザインに。女性の心のシルエットと、原料である大豆のシルエットを掛け合わせたハートマークのアイコンをつくりました。
ポジティブに生きる女性を応援するビビットなピンク色と、大地の恵み・大豆の持つ栄養素とその機能を象徴したグリーンがグラデーションで重なり合い、空間に軽やかに浮かびます。そこにはゆらぎ期によってゆらぐ女性の気持ちを、ふわっとアップリフティングしてくれるという意味を込めています。
「tocoelle」は、女性の月経に密接な関係のある"月の満ち欠け"をモチーフにしたアイコンをつくりました。
右のオレンジの月は月経前の時期を表す"上弦の月"、左のグリーンの月は月経中を表す"満月"を意味します。上弦から満月に移り変わる時期がこの「tocoelle」を摂取するタイミングであるということを一つのアイコンで表現しました。右の月はγ-トコフェロールのオレンジ色、左の月は大豆由来成分エクオールをイメージしたグリーンをキーカラーにしています。
大豆栄養食品「SOYJOY」のパッケージでは、長年続く資産を守りながら時代に合わせてアップデートすることで生活者にとって新鮮味を損なわないようにしています。
商品の持つおいしそうなシズル感と味のイメージをわかりやすく見せることはもちろんですが、パッケージの顔である「SOYJOY」ロゴが一番最初に目に飛び込んでくるデザインをキープしています。
フレーバー数が多い商品の特徴に合わせて、新しいフレーバーが出ても商品を継続的に購入してくれる人が店頭で迷わないような設計を心がけています。
いずれのパッケージも、ライフタイムバリューに関わるものとして、メッセージはなるべくシンプルにすること・長く愛されファンになってもらえるようなデザインを目指しました。
商品を店頭で目立たせるという点としての考えだけでなく、実際に体験する人の気持ちに重きを置く。見た目のデザインを超えて、生活者の行動や意識までをデザインしたこと。
それが、嘘がないデザインにつながっているのだと思います。
この考え方は、私がさまざまなの広告の仕事をするにあたってブレない軸になっているものです。
生活者であることに嘘をつかない
私が所属するチームは「ライフデザインクリエイティブ」というテーマを掲げています。
生活者の本音から逃げないこと、それは嘘をつかないという考えにつながっています。
嘘がないことで、広告という枠組みを越えて生活の一部になじむことができる。より長く、生活者のそばにいることができる。
広告って良くも悪くも、人を騙すこともできるものです。
でも、今の時代その嘘は簡単に見抜かれてしまいます。
広告をつくる側は、いち生活者としてその企業や商品の魅力を信じること。
その姿勢を忘れずにいることが一番大切で、その意識が結果的に商品や企業の信頼感につながっていくと考えます。
数字で結果がわかることももちろん嬉しいですが、暮らしの中で、ふとした瞬間に覚えてもらえたり、その商品のファンになってもらえることが私にとっては一番幸せなことです。
そして、自分自身も日々の暮らしの感覚をもっともっと大切にするようにしたいです。
これからもいろんな景色を見て、おいしいものをたくさん食べて、たくさんの新しい経験をして、好きな広告づくりにつなげていきたいと思います。
CITIZEN 「wicca」
大塚製薬「EQUELLE」「tocoelle」
大塚製薬「SOYJOY」
野村 緑 Midori Nomura
アートディレクター / クリエイティブディレクター
愛知県生まれ。2011年入社。
登山、写真、サウナ、音楽、ご当地飯が好きです。
Awards
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