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文化を感じるということ-8
来見谷集落を訪ねる
京丹後の山あいにある来見谷集落に唯一のパン屋があります。
“Paysan Boulanger”という訳せば“農夫のパン職人”と言えば良いでしょうか、中々すごいのがあります。
以前から動画などで個々の存在は知っていました。ネットショップでパンを販売しているのも知っていましたが、注文するのがなんだか違う気がして。というのも、僕にはかなり本気のパン屋に思えたから、それを注文するとなればやはり一度どんなところでつくっているのかを見てみたかった。その上で注文をしようと思ったわけです。
なんと言えば良いか、その集落または周辺の人たちのためにつくられるパンをそんな簡単に部外の人間がネット時代だからといって買って良いと思えなかったという至極個人的理由からです。(別にだからと言って遠方から知らずに注文してはいけないということではありませんよ・・)
ということで、折角京丹後を訪れるのだから通り道だし確認しようということで、尋ねてみました。
山を超えていくと、小さな集落の中腹に“農家パン 弥栄窯”はありました。
運転に自信のない人は中々厳しい道路が続きますし、その後伊根町に向かうのですがその山越えの道はかなりやばいところでしたが、それは後ほど・・
ここは太田光軌という若い職人がひとりで切り盛りする。
ご存知の方も多いかもしれないが、彼のパンづくりの全てがこの言葉に表れている・・
“ただ真摯にパンを焼きたい。
フランスの農家パン屋で働いていた頃、大きな石臼で粉を挽き、日に800kgものパンを薪窯で焼いた。
農場内の電力は太陽光と風力でまかない、庭でとれる野菜とパンだけの質素なお皿を囲み、手を合わせて賛美歌を歌った。
その労働味の溢れる慎ましい暮らしの心地よさが、今でも私の心の芯にある。”
僕が一番惹かれ、見に行きたいとさえ思わせたのもこれです。
資本に踊り、目先の評価に右往左往しその本質がどこにあるかさえ霞んでしまう多くのパン屋とは根本のところで違うと感じた上、動画で紹介されていたパンづくりの全貌は食い入るように観るに足る内容だったのです。
陽も登らない暗闇の早朝から全てをひとりでこなしひとつずつ丁寧に作られ、寝かされ・・そして薪窯で焼かれる質素なパンは何物にも変え難い、かけがえのない唯一無二のものなのだろうと思えた。
自分の気持ちとして、機会を見つけて買えなくともそのつくられる場所を見ておきたかったのです。
で、第一声は“本当にすごいところでつくっているなあ”でした。
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ただ見たかっただけだった。
でも、太田さんが居た。多分寡黙な人で事前に何か言ったわけでもないから彼も驚いたことだろう。
“何もないっすよ”と一言だけ。
僕も“ああ、大丈夫です”と返し・・彼は建物に消えて行った。
それでいい。でも会えると思っていなかったから彼と一言交わせてよかった。
彼の身体を最大限使った“労働”からつくられるパンはやっぱりタイミングを見て注文しようと思うに至る。
今日はこれでいい、これがよかった。
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滞在はものの5分に満たない短い時間だったがとても満足できる時間でもありました。
そして大変だったのはこの後です。
どんどん山道の方に入っていくのですが、平坦なアスファルトの道ではなく・・唐木や結構大きな石が往来を妨げる細く荒れた道が40分ほど続くのです。障害物がある度に車を停車させ、それらを退けてまた進み・・行けると思ったら底を剃る音がして、バックしてまたそれを退け・・悪路を抜けた時にはアスファルト道路がいかにすごいかを改めて認識させられたわけです・・
これで雪が降り積もっていたらと思うといやはや、天候に恵まれよかった。
皆さんも美味しいものをポチる前に実際その場所や人となりを見に度に出てみてはいかがでしょう。きっといろんな思いや発見があるはずです。
こちらでも紹介されているので詳細は取材記事などをご覧ください。