桜の木の下のバス停
桜の木の下のバス停でバスを待つ人がいる
長い髪を靡かせて、陽の光は艶ややかに髪の上を滑り出す
風に舞った桜の花は彼女を飾るように吹雪いてる
春の陽気のような笑顔を浮かべて彼女は私に会釈した
私もつられて会釈を返すと彼女はもう一度微笑んだ
敷き詰められた静寂の中で鳥の囀りと木の葉が擦れる音がすれば
そこが人里離れた山の中であることを思い出す
歩く人も走る車の影も無い、のどかで静かな山の中
枝葉の隙間から溢れる日差しの中で困惑しながら
不思議と心地の良いその場所から離れることが出来ずにいた
寂れたバスの標識は錆び付いて所々に穴がある
迷い込んだ山道には時間の止まった空間と
美しい桜の木が残されていた
守られているようなその場所には
降り積もった思い出の跡と命の色が残っていた
ー
「綺麗な桜の木ですね」そう声を掛けると
彼女は長い髪を耳に掛けながら照れるように何かを呟いた
けれどその声は木々を撫でる風の音に消されて
私の耳には届かなかった
えっ?、と聞き返そうとしたけれど
風は次第に勢いを増して桜の花びらを吹雪かせながら砂埃を舞い上げて
私の言葉を飲み込みながら同時に視界を奪っていった
風が止んで静寂が戻り、再び開いた瞼の先には
風の余力でゆるりと揺れる桜の木と覆い茂る緑を染める春の陽気があるだけだった
季節が再び巡るように彼女も次の季節にはまたここに戻ってくるのだろうか
桜の花が開くこの時に
命が芽吹く春の美しさに出会ったのは、季節の移り変わりを感ずる暖かい正午の頃だった
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