高野秀行著『西南シルクロードは密林へ消える』は驚きと奇跡の連続!
最近は入職後の環境順応に精一杯で本を読む余裕がなかなかできないのだが、図書館で本書をふと見かけ、昨年の『イラク水滸伝』の興奮も冷めないのもあって、彼の旅にまた触れたくなった。
本の情報
著者: 高野秀行
タイトル: 西南シルクロードは密林へ消える
発刊年: 2003年2月25日
著者のプロフィール: 1966年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業。タイ国立チェンマイ大学講師を経て、フリーランスのノンフィクションライターに。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ことをモットーとする。
概要
「西南シルクロードを全部、陸路で踏破したい」がために、著者は2002年2月末、著者は四川省成都に降り立った。その後、瑞麗を経てミャンマー北部を縦断し、ナガランドを経由してカルカッタへと到達。本書はその4ヶ月間の道中を扱ったルポタージュである。
キーポイント
道中にはそれぞれ独立した「地域」が点在しているだけで、現地人は西南シルクロードの存在自体を知らない。著者は次第に本当に存在するのか疑わしい「道」への興味を失い、"変な日本人”を交易品のように移送する彼らのやり取りや「地域」の文化をフォーカスしていく。
ビルマは"時代が違う"という表現が飛び出すように、"(近代西欧的な意味での)文明度"の差異はあれど、成都からナガランド州までは東アジア文化圏と言っていいようだ。
特に食文化においては"うま味"への執着が強く、納豆などの発酵食品、麹を使った酒、赤飯、平地での稲作、根菜類と主とした焼畑農耕といった共通項から、著者は日本まで連なる「照葉樹林文化」、ひいては「西南シルクロード文化圏」ともいうべき地域の躍動を指摘している。
個人的な感想
早速全財産を盗まれたらVIP待遇で扱われたり、カチン人のフリをするために支離滅裂な茶番を繰り広げたり(この場面はホント笑える)、急激な体調不良に陥ったかと思えば民間療法で回復したり、進退窮まったと思うたびに奇跡的に活路が開けたりと全編通して全く退屈しない。著者自身、ホッとし続けられる状態があまり続かなかったと思われる。
人物描写も"濃い人"揃いで、極度のアナログ人間な女性通信員(身の上も強烈だ)、うだつの上がらない窓際少尉、お節介焼きなゾウ・リップ、得体の知れない強権主義者のキレ者クガル、とそれぞれが端的な来歴と共に魅力的に描かれている。
とりわけ快楽主義者なラ・トイ大尉と養子に出されていた三男が著者の移送で運命的な再開を果たす場面は全編のハイライトの一つ。このサン・オウン青年の学費を出すことにし、お礼も言わない大尉に"照れ屋だから"とフォローする著者の懐の深さが素敵だ。
こうした人物描写の巧さは、アヘン、精霊信仰とキリスト教、ナガ軍の東西対立などをめぐる現地人たちの(どこかあっけらかんとした)本音と建前や「現場の生の感覚」を鮮やかに表出させることにも貢献している。エンターテインメント性込みで筆力は『アヘン王国潜入記』から更に円熟したと感じる。
今回の旅は出国スタンプ無しで中国を出国し、以降正式な国境検問所を一切通らずにビルマ北部のゲリラ支配域を横断しインドに入国したために、入国管理局のブラックリスト入りして、以後インドに入国禁止になったオチまでついてくるのだが、こうした行き当たりばったりなスタンスをハードに貫いた点でも大いに高野秀行的だと言えそうだ。
人好きのする人物像なしでは、彼は現地人たちの"交易品"たりえず、数々の奇跡も起こらず、密林へ消えた西南シルクロードが高野ロードとして存続することもなかったとも思われる。学術的な価値よりも現地人の『記憶』を取った本書の価値は大きい。
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高野秀行氏の代表作として波乱万丈な申し分ない傑作だと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。