
初ホノルルマラソン 私を変えた『あなたが素晴らしい』という応援
朝3時半、目覚めたばかりの私はぼんやりとした頭で支度を始める。心の中には、不安と期待。去年故障した左膝左ひざ、耐えてくれるかな。
ホテルを出ると、スタート地点へ向かう人の波に圧倒される。静かに歩くランナーたちの姿があった。左手にはヨットハーバー、右手には運河の向こうにそびえる山々。その穏やかな風景が、不安感を少しずつ鎮めてくれる。
「始まり」の場所へ
スタート地点に近づき、アラモアナショッピングセンター前。クラブのようなざわめき。胸の鼓動と重なっていった。
そして、スタート時間が近づくと、私は息を呑んだ。大音量の音楽、人々の笑顔が輝いている。これが「始まり」の場所なのだと思った。暗闇の中に溢れるエネルギー。人々の高揚感に乗せられて体が軽くなりアドレナリンが出まくる。いつでもスタートを切れる!
その時、花火が空を裂き、歓声が空気を震わせる。私はその波に乗るように走り始めた。ランナーたちの足音が響き、しばらくすると暗かった空は少しずつ明るさを帯びていく。この景色の中で、ここにいるランナーたちと共有できる今この瞬間がうれしかった。
風を切って走る。足取りは軽やかで、気分はいい。けれど、私の胸を本当に打ったのは沿道にいる人々だった。
霧吹きを持った女の子
大声で「いいよ!」と叫ぶ人、拍手を送り続ける人、カラフルなボードを掲げる人、ベルを鳴らす人。見知らぬランナーたちに笑顔を向け、手を振るその姿が、どうしてこんなに胸に響くのだろう。中でも、自宅前だろうか、小さな女の子が霧吹きを手に持って自分よりも何倍も背の大きいランナーたちに水をかけながら応援している姿が忘れられない。あの一生懸命さ。まるで消防士にでもなったかのよう。
まだ幼い彼女が真剣な表情で「頑張って!」と声をかけるその姿に、私は涙がこぼれそうになった。ただの一言なのに、その声が胸の奥にじんわりと広がっていく。
アメリカでは、挑戦する「今」を讃える文化があるという。それは結果ではなく、ただ「頑張っている姿」を応援する文化だ。その声や笑顔は、どんな疲れよりも強い力となり、私の体を軽くし、、痛みを和らげ、前へと引っ張ってくれた。
見ず知らずの私に向けられたその言葉が、どれほど私の心を軽くしたことだろう。
痛みを応援で乗り越えていく
15キロを超えたあたりから、私の体は限界を訴え始めた。足の指が靴擦れで痛む。膝に違和感が広がる。ペースを落とし、走ったり歩いたりを繰り返して進むしかなかった。20キロ地点では、ほとんど歩くだけになっていた。ゴールまでの道のりがあまりにも遠く感じられ、不安が胸をよぎる。「もうダメかもしれない……」そんな弱気な声が自分の中でささやき始めた。
それでも、沿道の応援が私を支えてくれた。ある年配の女性が掲げていたボードにはこう書かれていた。
「スマイル!あなたがここに来たのは笑うためだよ!」
その一言に、私は不思議な力をもらった。心の中の曇りが少しずつ晴れていくようだった。「笑うためにここにいる」。その言葉が私にとってどれだけ救いになっただろう。苦しいのに、なぜか笑顔が出た。試しに走ってみたら、数分だが走れたのだ。後ろから先ほどの女性の歓喜の声が背中に届く。彼女も歓喜していた。
ゴールと「今の自分」への誇り
ラスト数キロ、私の足はもうほとんど走れない。痛い。。周囲のランナーも皆、似たり寄ったりだ。大げさに言うとゲームバイオハザードのゾンビのようだ。(ゾンビの例え話をUberのドライバーに話をしたら大笑い)
座り込み、苦痛に顔を歪める人もいる。
それでも、沿道の人々の声は最後まで私を支えてくれた。車の窓から「君ならできる!」と叫ぶ声、クラクションを優しく鳴らしてくれるバスの運転手。鳴り響くベルの音、そしてタンバリンを叩く音。バスのお客さんは窓を開けて叫んでくれた。
そのすべてが、私の心を震わせた。
そして、ゴールの瞬間。全身の痛みは消えなかったけれど、心の中には熱く熱く確信があった。他のランナーたちも何かしらの熱い思いを感じたんじゃないかと思う。
涙が自然とこぼれそうに。
何よりも誇らしかったのは、ゴールにたどり着いたこと。素晴らしい体験ができたことだ。
全ての沿道の人たちが私に伝えようとしてくれたこと
全ての沿道の人たちが私に伝えようとしてくれたことはこれだったのだ。それはただ「頑張れ」と言うだけではない。「今のあなた、チャレンジするあなた自身が素晴らしいんだよ」という気持ち。その優しさが、最後まで私の背中を押し続けてくれた。
これがアメリカの応援文化。
そして、私は思った。次は私も、誰かの挑戦を応援したい。笑顔を贈りたい。
いいなと思ったら応援しよう!
