逝った義父さんの笑顔
義父が亡くなった。
おとうさん。実の父親以上に大きな存在だった。もう会えない。
でも、不思議と涙はなかった。
やれるだけのことはした、後悔なんてない。
義父さん。楽しかったね。
ふと、思い出があたまに浮かんでくることがある。
2人でラーメンを一緒にすすった夜。
冷房の効いた喫茶店で、アイスコーヒーを頼み、「寒い」と文句を言っていた。だから忠告したやん。
時間をつぶすため、図書館へ。肩を並べてページをめくった。
紅葉の山をのぼり、山頂から我が家を見下ろした。カセットコンロの火がつかず、チキンラーメンをそのままかじったね。
あなたの人生に寄り添った、その時間があった。
確かに、命の一部を分け合ったんだ。
ある日、義父が泣きながら少年時代の話をしてくれたことがあった。
なんだかおかしくて写真を撮ろうとしたら、怒られたが構わず撮った。
義母さんが、買ってきたテイクアウトのお惣菜。「手抜きや」と文句を言いながら、美味しそうに食べる姿。不器用な愛情だった。
「ありがとう」とは言わず、いつも「すまんな」とだけ。
あの日、家事を一切しないはずの義父が、私にカレーをよそってくれた。
ひそかな宝物だ。
そして、徐々に動けなくなり、ある日、義父は静かに去っていった。
父の日にあげたペンギンのぬいぐるみ、ふざけて抱きしめている笑顔。それが遺影に。
人間って、確かにそこにいるように見えても、波のようなものだ。
どれだけ強く感じても、永遠にはとどまれない。
義父のアルバムを見せてもらったことがある。
家族と行った海で大笑い。
長男の運動会で歯を食いしばって頑張った綱引き。
娘の結婚式で大きな口を開けて泣く姿。
白い歯が見えるどの表情も、愛しい。怒りっぽい不器用な義父さん。
でも私にはいつも優しかった。
歯磨きが好きな人だった。
娘が買った特別な歯磨き粉を、こっそり使っては娘にバレて怒鳴られて。
悪いのは義父さんなのに、なぜか反論して喧嘩になった。
憎たらしい笑顔で白い歯を見せていた、あの義父。
その笑顔が、いまも、心の中に確かに居てくれている。